江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「氷柱の美女」を観る

今日から唐突に、ブログを書いていきます。まずは、テレビ朝日の伝説的?シリーズ「江戸川乱歩の美女シリーズ」全25作を1作ずつ、レビューしていこうと思います。明智小五郎役の天知茂の急逝が悔やまれてなりませんが、一方で末期の作品は「これはちょっと…」と思うところもあり、なかなかこのシリーズの細かなレビューを見かけないので、まとめとしてつらつら書いていきます。

「氷柱の美女」は、美女シリーズの記念すべき第一作。天知茂演じる名探偵・明智小五郎の脇を固めるのはシリーズお馴染みの文代役の五十嵐めぐみと、第一作のみ出演した大和田獏(小林芳雄)、稲垣昭三(恒川警部補)。美女シリーズはやけにオーバーアクションの役者が多数出てくる特徴?がありますが、この稲垣昭三もなかなか、やたら大声を張り上げる傾向があります。そのわりには印象が薄いので、第2作から波越警部を登場させ、荒井注を起用したのは英断と言えましょう。

メインゲストは三ツ矢歌子(柳倭文子)。原作の『吸血鬼』では本当の姓は畑柳ですが、そういった細かな設定は省略されています。2時間ドラマなので仕方ない。「~の美女」は大体ラストで悲劇的な最期を遂げるのがこのシリーズのお約束ですが、第1作では流石に定型ができておらず、倭文子は無事に生き残り、犯人でもありません。

犯人役は松橋登(三谷こと谷山三郎。以下、正体を明かすまでは三谷とします)。デザイナーと自称していますが、なぜか製氷工場で花入りの氷柱をつくっています。この時点でだいぶ怪しい。美女シリーズは同じ役者が複数回、違う役柄で登場するのも特徴の一つですが、松橋登も「大時計の美女」で、ヤミ医者の股野礼三として再登場します。

個性的な脇役にも言及しておきましょう。冒頭で倭文子をめぐり、三谷と毒入りの酒で決闘する画家の岡田。「麿」としてカルト的な人気を誇る菅貫太郎が演じています。時代劇のイメージが強い菅貫太郎ですが、こんなところにも登場していたんですね。ちなみに登場して間もなく、三谷に硫酸を浴びせるつもりが自分がそれを浴びてしまって顔が焼け爛れるので、麿の素顔はちょっとしか拝めません。そういえば天知茂菅貫太郎以外にも美女シリーズには若くして亡くなられた役者が多数出演しています。25作もあるので、そういう役者が一定数いてもおかしくはないかも知れませんが。

さて、「氷柱の美女」のストーリーですが、実質1時間ちょっとの尺に収めるためのデフォルメはされているものの、原作ということになっている江戸川乱歩の小説が影も形もない後の作品に比べれば、比較的原作に忠実な内容です。第1作くらいはちゃんと原作に沿って…という矜持のようなものがあったのかも知れません。もちろん乱歩の原作自体ツッコミどころが多いので、原作に沿ったとしても色々アレな部分は出てきてしまうのですが。

執事の斎藤の殺害方法にしても、天井板を外してそこからナイフを投げ、宙を飛ぶナイフが倭文子と言い争っている斎藤に突き刺さるという荒業のトリック?です。三谷はナイフ投げの名手か何かか?そういえば、天知茂は壁の前に立たされて、若山富三郎に手裏剣を投げられても瞬き一つしなかったので若山を感心させたというエピソードがWikipediaに書いてありましたが、まさかこれをヒントにしたわけでもあるまい。

三谷が倭文子とその息子の茂を逃がすという名目で斎藤の棺に隠れさせるのも、冷静に考えれば変です。変すぎます。火葬場でこっそり脱出させる計画だったのでしょうか。こっそりどころか、かなり目立っちゃいます。せめて土葬ならまだしも。そうそう、土葬されてから蘇るパターンも美女シリーズで2回出てきますね。1回は偽装ですが。

中盤、明智がいきなり倭文子に求婚し、恋敵となって三谷をブン殴ります。どうした、明智先生。女に惚れやすいのは最初からだったのかと思いきや、実はこれ、三谷を殴って歯医者に行かせて歯型を入手する策略だったのでした。拉致された倭文子と茂の苦しむ姿を眺めて愉悦に浸る三谷は、余程じっくり楽しむつもりだったのでしょう、眺めながらおやつにチーズを齧ってしまい、ご丁寧に歯型が残るチーズを現場に残していたのです。ちゃんとゴミを捨てればよかったのに何やってんの、三谷のバカ!そして、明智に殴られておとなしく歯医者へ行く凶悪犯・三谷。歯型を手に入れるのに忙しかったのか、三谷のアパートには文代が代理で謝りに行きます。うっかり文代がボロを出して、三谷の正体に気づいてしまったらどうするんでしょうか。明智先生、助手を見殺しにしないでください。

クライマックスで再び拉致した倭文子と茂を前に自らの正体を明かし、硫酸を浴びた岡田の顔を模した仮面(以下、岡田仮面と呼びます)を外して自分の素顔を見せた谷山は、倭文子と茂を製氷工場の氷柱製造機?に閉じ込めて氷漬けにしようとしますが、いざスイッチを入れるとなった直前、ファンファンと聞こえてくるパトカーのサイレン。不安そうにその場を離れて、わざわざ工場の外まで見に行く谷山。俺の犯罪は芸術なんだ的な大言壮語を吹きまくっていかにも大犯罪者のごとく振る舞うわりに意外とビビリなのか?歯型つきのチーズを残していく辺りもなんか迂闊だし。外へ出てきょろきょろしている間に、製氷工場の中では稀代の氷柱アーティスト・谷山三郎巨匠の一世一代の犯罪芸術を台無しにブチ壊す明智の策略が進行しているのでした…

クライマックスは谷山の前に現れる岡田。もちろん正体は明智です。しかし、実は第1作の時点では、変装を解く時のあのお馴染みのBGM、♪チャラララララ、チャラララララ、チャラララ、チャラララ、チャチャチャーン、チャチャチャーン、チャンチャーン!ドルルンドルルンドルルンドルルン、パァーーーン!(伝わりますでしょうか…)は流れないのです。おまけに、変装も顔の一部を岡田仮面が覆っているだけで、後の作品のような糊が残りがちなフルフェイスのマスク&カツラセットではありません。でも、第1作のこのシーンが好評だったので、クライマックスの変装を解く流れがお約束になったそうですから、その意味は大きいですね。

しかし、明智と警官隊に追い詰められてもなお、犯罪芸術の成功を確信して疑わない氷柱アーティストの巨匠・谷山。そんな谷山に明智は残酷な真実を告げます。谷山が「見せてやる!」と言って出してきた倭文子・茂親子入りの氷柱を前にして明智は言うのです、「お前が見ているそれ、人形だよ」。嗚呼、何という陰険な探偵なのでしょう。原作でも美女シリーズでも、ピストルの弾は抜けるのに自殺用の毒には気づかない、変なところが抜けていることに定評のある明智ですが、氷柱アーティストの巨匠の一世一代の傑作を破壊することにはちゃんと成功しました。ちょっと東山紀之に似ている若き日の松橋登が端正な容貌を歪めて悔しがります。うんうん、一世一代の傑作を台無しにされて悔しいよね、だって犯罪芸術家だもん。ちなみに谷山の動機は兄を捨てた倭文子への復讐なのですが、毒入りワインの決闘を挑んでおいて自分の敗北が確実になるやいなや敵前逃亡するというセコさを発揮しただけで復讐とは無関係な岡田や、未亡人になって間もないのに三谷といちゃいちゃしている倭文子を叱ったこれまた復讐とは無関係な斎藤は完全なる無駄死にです。

結局倭文子は生き残ってしまいました。そして、観念した谷山は自ら首を掻き切って死ぬのですが、首を掻き切った時点では谷山は氷柱の中にいるのが本物の倭文子と茂だと信じていました。死にゆく谷山の目に飛び込んできたのは恐る恐る部屋に入ってくる倭文子の姿。明智、ひどすぎるぞ。お前は鬼か!悪魔か!巨匠にはせめて復讐の成功を確信したまま死なせてやれよ。余分な人を殺害しただけで復讐の本筋には何も成功していないんだけど。…おっと、少し筆が滑ったようです。

そして、美女シリーズお約束のヌードも第1作では出てきません。必然性があることの方が少ないので、無意味な入浴シーンも挿入されなかった結果、ドラマとしては結構いい出来になっています。小説家は最初の作品が最高傑作なのだと言われるそうですが、テレビドラマのシリーズにも同じことが言えるかも知れませんね。というわけで、全25作すべてのレビューを書くことをめざして頑張ります。25作すべて書き終えたら、次は美女シリーズ以上の問題作、滝俊介主演の「江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎」の全話レビューをしていくつもりです。乞うご期待。

『吸血鬼』は後に西郷輝彦主演の1作目でも再びドラマ化されますが、柳倭文子役の美保純がすべての黒幕で三谷が途中で始末されるなど、こちらは原作の面影がほとんどありません。倭文子と明智が別々の棺に閉じ込められて焼き殺されそうになったり、明智が倭文子の策略で氷柱に閉じ込められそうになったりするなど、訳のわからなさは「氷柱の美女」を遙かにしのぎますので、ご興味のある方はDVD等でご覧ください。文代がなぜか弁護士になっていたり、松金よね子演じる助手というより世話焼きの家政婦のようなオリジナルキャラクターが登場したり、原作の改変もここまでいくと罪でしかありません。

本作のみどころ:硫酸丸かぶりで片方の眼球が飛び出す岡田仮面