江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「浴室の美女」を観る

浴室ですってよ、浴室!どう考えても女の裸が何の必然性もなく出てきそう。

本作からこのシリーズに欠かせない、荒井注が演じる波越警部が登場します。波越は名探偵コナンの目暮警部を遙かにしのぐ超絶的な無能ですが、自己評価だけは異様に高く、自分と明智小五郎は名コンビであると自称して憚りません。いかりや長介に力いっぱいどつかれてほしいところですが、この時すでにザ・ドリフターズは脱退済みでした。

本作のメインゲストは玉村妙子役の夏樹陽子。彼女は「エマニエルの美女」でも再登場します。「〜の美女」を2回演じたのは夏樹陽子、金沢碧、岡田奈々錚々たる面子です。第2作目の29分で、いよいよ美女シリーズの定番中の定番、入浴中のトップレスが初お目見えです。その少し前にパンツを脱いでお尻も丸見えですが、全くと言っていいほど顔は映りません。天下の夏樹陽子が脱ぐわけもなく、乳首とお尻はいわゆるヌードダブル。突っ込むのは野暮というものですが、やはりヌードダブルでは無理があるよねということで裸要員の女優を起用するようになったのかも。

「浴室の美女」の原作は『魔術師』ですが、明智探偵の助手にして後の妻・文代はそもそもこの作品で魔術師・奥村源造の娘として登場し、明智に協力したことをきっかけに助手となります。五十嵐めぐみ演じる文代にはそんな暗い過去はない代わりに、明智先生と結ばれることもありませんでした。その奥村源造を演じたのは二代目の水戸黄門で有名な西村晃。黄門様のイメージですが、実は悪役も多かったそうですね。ちなみに西村晃は滝俊介主演の「江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎」でも「白髪鬼」で登場します。「宝石の美女」の田村高廣西郷輝彦主演の2作目「みだらな喪服の美女」(なんちゅうタイトルだ)の寺田農、そして西村晃大牟田敏清のポジションを演じた俳優の重厚さが目立ちますね。藤井隆主演の「乱歩R」では柳葉敏郎が演じていました。意外と「乱歩R」も原作にわりあい忠実だったりしますが、それはまた別のお話。

静養中の明智は玉村妙子と出会い、すっかり親しくなったようです。「2、3日前に会ったとは思えませんわ」と湖に浮かぶボートの上で明智に語る妙子。いつもながら女性に親しみを向けられてまんざらでもなさそうです。そんな妙子と明智が滞在先のホテルに戻ると、東京にいる妙子の叔父・福田得二郎から電話が。毎日、一つずつ減っていく数字が何らかの形で送られてくると言うのですが、福田は早くも自分が殺されるのではないかと脅えながら妙子に訴えます。妙な数字が毎日届いただけで殺人の予告を連想するとは福田氏、そんなに人から恨みを買いそうなことばかりしてきたのでしょうか。悪い意味で察しがよすぎます。東京に帰る妙子は明智に握手を求め、「先生。近いうちにまたお目にかかれる気がしますわ」「是非それも当たってほしいですね」。妙子に霊感があるというエピソードを受けての明智のセリフですが、これでは福田が殺されることを期待しているとしか思えません。お前ら鬼か!

東京では福田が警察を呼び、波越警部が福田邸にやってきますが、当の福田と甥の一郎(志垣太郎)、姪の妙子を前に「あと一日って意味かなぁ」「事件が起きないと警察は動けない」「誰かに恨まれる覚えでもあるんすかぁ?」とのっけからやる気ゼロの無能ぶりをさらけ出し、明智に警備を頼んではどうかと押し付けます。文代から連絡を受けた明智は「命の洗濯中だから」と断りますが、電話を代わった波越警部が玉村妙子の名前を出すやいなや、顔つきが変わります。なんて現金な。

上野駅まで帰ってきた明智は福田家の使いを名乗る男に出迎えられて車に乗せられ、薬を嗅がされてしまいます。いきなり危うし、明智。そして、福田家では菊の花が散りばめられた得二郎の首なし死体が見つかり、得二郎が持っていた5億円のダイヤモンドが消え失せます。ドラマが始まってからわずか10分ほどですが、やたらテンポがいい。やはり初期の作品ほど完成度が高めという法則は美女シリーズにも大いに当てはまるようです。

さて、原作でも「浴室の美女」でも登場するのが「獄門舟」。木の板に生首をのせ、「獄門舟」と書かれた木札が立ててあるのですが、なかなかにおどろおどろしい。福田家から帰る途中、パトカーで川のほとりを通りかかった波越警部が獄門舟の発見に遭遇し、「俺ァこういうの苦手なんだよ。うっぷ」。駆け付けた兄の玉村善太郎はまだしも、妙子にまで首実検をさせるデリカシーのなさも相俟って、これが初登場とは思えないほど美女シリーズの波越警部らしさがすでに出来上がっています。

一方、船の上の部屋で、監禁された状態で目覚める明智。チャイナ服を着てやってきた奥村源造の娘・綾子がスープ?を持ってくると矢継ぎ早に質問を浴びせ、「まさか毒が入っているんじゃないでしょうね」と軽口を叩く。余裕です。足が痛いと訴えて鎖を外させようとするのも原作通りですが、お次はいよいよ有名なシーン。明智は視聴者のために「おかしいな。誰かが見張っているな」とかなり大きめの独り言をつぶやいてから、仮面のフリをしている西村晃に気づきます。親玉が自分でこの役目をやっているのもどうなのでしょうか。復讐が終わるまでおとなしくしていてくれと頼む魔術師に、必ず脱出すると宣言する明智。怒った魔術師は部屋に入ってきて、仮面のメイクを白い布で拭き取ってから「俺がどんなに恐ろしい男か見せてやる」と言って白い布を蛇に変えてしまうのです…!って、ただの手品やん。

それにしても、復讐は50年がかりの大事業なのだと言いながら娘にあっさり裏切られる魔術師・奥村源造の脇の甘さが際立ちます。政治家を夢見るあまり、身内すら説得できていないのに無理矢理出馬して惨敗する人を見かけますが、畢生50年の大事業に命を懸ける魔術師もそんな感じです。娘の裏切りで明智は脱出に成功しますが、海に飛び込んだところを魔術師の一派に銃撃され、波越警部が「明智小五郎氏、水死体で発見」と泣きながら発表。死んだと見せかけて油断させるという、美女シリーズでは毎回のように出てくるパターンも実は2作目ですでに登場していたのです。おっと、後発の作品は初期の焼き直しばかりだなどと言ってはいけません。文代は事務所を訪ねてきた妙子に「先生の敵を討つ。調査させてほしい」と泣きながら訴えますが、明智の死を本気で信じていたのはこの時くらいではないでしょうか。もちろん毎回「先生!生きていたのね!」と感激して見せますが、内心「オッサンまたかよ…」と思っていたかも知れません。ちなみにこの時、文代には生存を隠していましたが、波越警部には打ち明けていたそうです。どう考えても波越より文代の方が口が堅そうで信用できるのに。

その玉村邸から塀を乗り越えて逃げていく奥村源造。明智を監禁した部屋で仮面のフリをしたり、素顔をさらして玉村邸に忍び込んだりと犯罪集団の首領にしてはフットワークが軽めですが、玉村邸から逃げるところを文代に見られて尾行されます。その奥村、普段は「オクムラ魔術団」を主宰しているようで、♪チャーチャチャチャチャチャチャチャーチャーチャーチャー、というBGMとともにマジックショーを開演。このBGMも美女シリーズで幾度となく使われているものです。文代とともにマジックショーに波越警部ら警官隊も駆け付けますが、察知した奥村源造は消失マジックにかこつけて逃走。そこへ現れたのは、玉村邸に新顔の使用人に変装して潜り込んでいた我らが明智。あのBGMこそないものの、前作「氷柱の美女」の岡田仮面よりは本格的な変装を解いて、姿を現します。

牛原を名乗って玉村一家を屋敷へ呼び、地下室でフィルムを映写する魔術師。無声映画にあわせて講談のサービスつきです。復讐のためにわざわざ再現VTRをつくるなんて、さすがは50年を費やした大事業です。テレビ朝日で後援してあげてはいかがでしょうか。再現VTRというのはやはりわかりやすいのか、美女シリーズでも「化粧台の美女」で山本學演じる黒柳肇博士の解説つきVTRが流されます。原作の『蜘蛛男』は復讐のフの字もありませんが。ちなみに次作「死刑台の美女」では再現VTRを通り越して、役者を使ってお芝居で再現してくれます。玉村善太郎と一郎は地下室に閉じ込められて、焼き殺されかけますが、すんでのところで明智が救出。50年の大事業はあっさり失敗に終わってしまいました。復讐するならば敵の死をちゃんと見届けないといけないのに、火を放ってさっさと逃げてしまったばかりか、隠れ家である船の名前「竜星丸」を白墨で書いた煉瓦を現場に残されるわ、ピストルの弾をすべて抜かれるわ、娘の再三の裏切りも見過ごしてしまった奥村源造、ここでも脇の甘さをしっかり発揮してくれています。こんなんでよく50年も執念を持ち続けられたものです。

さて、本作のキモは原作同様、実は玉村妙子こそが奥村源造の実の娘だったというところにあります。復讐の成功を祝って、船で祝杯をあげる魔術師たちですが、なぜか明智を監禁していた部屋で酒盛りをしています。他に部屋ないんか?そこへ明智と波越警部たちが踏み込んできて、追い詰められた奥村は毒を飲んで自殺し、玉村家には平和が戻ったかのように見えますが…玉村善太郎が殺されてしまいます。なんということでしょう。そして、血液型ABの玉村善太郎とAの玉村妻からO型の妙子が生まれていたというあり得ない事実を文代は電話で明智に告げました。50年の大事業のためにわざわざ明智を誘拐して監禁までする用意周到さに比して、妙子の出生の秘密を隠す努力をまるでしていない奥村源造、どこまでも脇の甘さがついて回る運命だったのでしょうか。本当は50日くらいで練ったインスタントな復讐計画だったのではないかと疑いたくなります。

数字の予告殺人に獄門舟、明智の死んだフリと明智の死後現れる新顔の使用人、大時計の針ギロチンなど、これぞ乱歩という道具立てが揃った「浴室の美女」。原作では妙子が少年を手懐けて殺しの実行犯をやらせるというアンファン・テリブルがなかなかのインパクトで、それはさすがにカットされているものの、流石は2作目、美女シリーズの中でも屈指の原作への忠実さで、この頃は原作への敬意さえ感じます。そして最後はお決まり、観念しての玉村妙子自殺。「浴室の美女」、まさに美女シリーズの土台と言えましょう。それにしても、明智も玉村妙子の死に学んで犯人の自殺を食い止める術を会得してほしかったものです。

本作のみどころ:ベテランの名優のはずなのにやたら棒演技な玉村善太郎