江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「妖精の美女 明智小五郎対怪盗ルパン」を観る

美女シリーズ第6作にして、初のサブタイトルつき。「明智小五郎対怪盗ルパン」と、恰も黄金仮面の正体はさもアルセーヌ・ルパンですよと言わんばかりに煽ってきますが、終盤になって明智小五郎は「パリで美術品の窃盗を重ね、怪盗ルパン2世とまで言われた男」と黄金仮面を呼んでいますので、実は本作の黄金仮面は本家ルパンではなく、「平成の明智光秀」とかそういう次元の代物でしかなかったわけです。頑張って原作に合わせたのでしょうが、ルパンという固有名詞は必要だったのでしょうか。大島家の三女とお手伝いのヌードよりも必然性に劣ります。

本作で柏原貴演じる小林芳雄少年が初登場するのですが、何の紹介もされません。まるで、もともといたかのようです。いや、「氷柱の美女」では役者は違えど小林はいたので、まるっきりいないということではなかったのかも知れませんが、いずれにせよ唐突な登場です。初登場だけあって演技もいささか棒気味ですが、後に小野田真之というもっと棒演技の小林少年が登場しますし、第1作の大和田獏も若かりし頃とあって演技の初々しさは拭えませんので、演技の質は二の次で小林少年は存在していることの方が重要だったのでしょう。

さて、黄金仮面は盗みはするが殺しはしない、怪人二十面相のような盗賊です。あえてアルセーヌ・ルパンとは言いません。今度は箱根・芦ノ湖畔の大島美術館が所蔵する、富豪・大島喜三郎の秘宝を狙っており、明智小五郎も呼ばれていくのですが、そこにやってきたのがロベール・サトウ(伊吹吾郎)とジョルジュ・ポワン(ジェリー伊藤)。出ました伊吹吾郎、「死刑台の美女」で宗方博士を演じてからすぐの再登板ということで、余程美女シリーズ制作陣は伊吹吾郎が気に入ったのでしょう。そしてジェリー伊藤、フランス人でもないのに在日フランス大使館員役を演じさせられていますが、「どうせ日本人はアングロサクソンの国籍の違いなんか顔を見ただけではわかんねぇだろう」という制作陣の安易な考えが透けて見えますね。何度訂正されても日本人丸出しの波越警部が「ジョルジュ・ドカン」と言い間違えるのも、国際感覚に乏しい日本のおじさんを徹底的に戯画化しているように思えてなりません。ちなみにジェリー伊藤は数年前に亡くなられてしまいましたが、後にNHK教育テレビえいごであそぼ」にグランパ役で登場しており、劇団ひまわりに所属する子役だった小生も実は共演経験があります。

箱根の大島邸で黄金仮面を迎え撃つ明智たちですが、大島家の三女が入浴中に殺されてしまいます。三姉妹のうちでなぜか三女だけ棒演技なのは言うまでもありません、裸要員だからです。ちなみに痴情のもつれで三女を刺殺するお手伝い・小雪役の野平ゆきも裸要員なので、裸要員が裸要員を裸のまま殺すという珍しい構図が見られます。小雪は三女の殺害の罪を黄金仮面に着せようとするというなかなか思い切った犯行に及びますが、あっさり明智に見破られてしまい、小雪は美術品の展示室に閉じこもります。ところが、その展示室に潜んでいたのは何と黄金仮面。手の甲に大きな痣がありますが、いかにもメイクで塗っていますよという感じの痣です。もしやこれはレッド・ヘリングかなと思うところですが、単に当時のメイク技術がいまひとつだっただけでしょう。実はこの痣アリ黄金仮面はロベール・サトウではなく部下の浦瀬という男なのですが、小雪はこの浦瀬の手引きで展示室から脱出し、芦ノ湖をモーターボートで逃亡します。仮面にマントでボートを操縦するのは視野も狭いし、しんどそうです。「湖畔?追えーっ!」という波越警部の一声で追跡が始まりますが、車で追いかけるシーンと、明智・波越がボートを漕いで追いかけるシーン、どちらも定番のBGMが使われています。脚本はツッコミどころ満載ですが、鏑木創の音楽はセンスが光ります。

さて、大島家は長女・絹枝がロベール・サトウと交際中なのですが、箱根での一件を契機にジョジュ・ドカン、じゃなくてポワンと大島家の次女・不二子(由美かおる)がくっついてしまいます。大島姉妹とサトウ、ポワンはテニスコートでダブルデートに勤しむのですが、その最中、ポワンに言い寄る謎の女が登場。♪ウララウララウラウラで〜、で知られる山本リンダが演じています。近年は「ちびまる子ちゃん」でまる子が歌ったり踊ったりと真似をすることで間接的に見る以外は、ほとんど創価学会員としての活動でしか見かけることのないリンダですが、ポワン相手にフランス語らしきものをまくし立てます。ちなみに山本リンダは日米ハーフだそうなので、本作にフランスと所縁のある役者は誰も出演していません。時代的に、日本語をある程度話せるフランス人の役者が見つからなかったのでしょうか。

そして、大島不二子役の由美かおる。「水戸黄門」のイメージが強い、というより水戸黄門のお銀役以外の出演作がとんと思い当たらないのですが、「007は二度死ぬ」で死んでしまう方のボンドガール、若林映子を彷彿とさせるエキゾチックな容貌が美女シリーズに華を添えます。黄金仮面に惚れ込んでしまうあまり明智にピストルを突きつけるわ、記憶喪失のフリをするわ、大島家のお手伝いさんを縛り上げ、執事にもピストルを突きつけて脅したうえ、大島家所蔵の仏像を愛しの黄金仮面に献上するべく勝手に持ち出すわ、とにかくとんでもない女になってしまいましたが、部下を何人も従える黄金仮面のこと、三姉妹で唯一腹違いという複雑な出自に苦悩する小娘を篭絡することなど、赤子の手を捻るようなものだったに違いありません。不二子はまんまと味方に引き入れられてしまい、黄金仮面一味が埠頭に明智を呼び出してオートバイで襲撃し、始末する手伝いまでさせられています。そして恒例の明智死亡の新聞報道と、悲嘆にくれる明智探偵事務所。「先生は不死身よ!」と文代は咽び泣きますが、そろそろ今回もどうせ死んだフリに過ぎないと感づき始めたのではないでしょうか。文代はわざわざ遺影のように置かれている明智の白黒写真に合掌しようとする天下の無神経男・波越の手をはたきますが、黄金仮面が事務所内のどこかに隠しカメラでも仕掛けていて、明智の死を信じ込ませるためにあえてやっているのではないかと思わせるものがある一幕です。

明智不在の中でロベール・サトウに届く黄金仮面からの予告状。年越しパーティーに参上するということで、波越警部は敵討ちのチャンスといきり立ちます。先生は死んだと決まったわけではないと文代に叱られたのをもう忘れたのでしょうか。敵討ちに燃える波越警部は警官隊を率いて私服でロベール主催の年越しパーティーに張り込みますが、そこに新顔の給仕長が登場。「クサいぞ~」とここではピンと来る波越ですが、「浴室の美女」の時は波越にだけ生存を打ち明けていたにもかかわらず、今回は波越にも打ち明けていなかったようです。やはり明智にしてみるといまひとつ信用できないのかも知れません。停電とともに浮世絵を盗みにやってくる黄金仮面ですが、ロベールにピストルで撃たれます。ロベールはフランス企業の日本支社長なので外交官でもなく、どう見ても銃刀法違反でしかありません。波越警部らが黄金仮面を仕留めたと喜んだのも束の間、給仕長がなぜかその場を仕切り出したことに訝る波越ですが、やはり正体は明智。満を持して給仕長のマスクを剥がしますが、この時もあの定番のBGMは流れません。あれは意外と後になってから生まれたものなのです。明智は、目の前にいる瀕死の黄金仮面はただの部下に過ぎないと言い、ロベールこそ真の黄金仮面であると名指しします。同時に、ポワンは黄金仮面を追って来日しているパリ警視庁の特命捜査官であることも明かされます。警部だそうなので波越と同格ですが、波越よりは有能そうです。なお、黄金仮面の罪を着せられて始末される部下・浦瀬は森次晃嗣が演じており、後に「五重塔の美女」でも別役で登場します。

正体は暴かれたものの、「黄金仮面は不死身だ。地の果てまでも逃げ続ける」と宣言し、「愛する人ができたから」というロベール。絹枝は「いやよ、泥棒なんて」と拒否しますが、明智は「黄金仮面の恋人は不二子さんです」と冷ややかに訂正。ロベールといい仲なのは自分だと信じきっていた絹枝の恋心をたった一言で粉砕する明智、いつもながら鬼です。ロベールは煙幕を張って逃走しますが、ここで波越がゲホゲホしながら「ひ~っくしゅん!」とやるのはザ・ドリフターズのかつての仲間、加藤茶へのオマージュだったのでしょうか。もしかしたら荒井注のアドリブだったのかも、と考えるとちょっと素敵ですね。

ロベールは箱根の隠れ家へ逃亡しますが、何度も黄金仮面に出し抜かれた明智も今度は失敗しないぞとばかりに、文代たちに車で追跡させていました。車に同乗しているセシルこと山本リンダも実はパリ警視庁の警察官。ポワンがここで初めて名前を呼んでくれたので、セシルという役名がわかりました。しかし、ポワンにテニスコートで噛みつく一幕は果たして必要だっただろうかと思わないでもありません。さて、巨大な石仏の中が黄金仮面の盗品の倉庫になっていたということで、黄金仮面ルックの手下たちが美術品とエッチラオッチラとトラックまで運びます。マントにマスクは黄金仮面一味の制服で、就業中は必ず着用しなければいけないのでしょうか。ちゃんと就業規則にでも書いてあるのかなと心配になってしまいます。一方、ロベールと不二子は石仏の中で、大島家から盗んできた仏像を前にウットリ。力仕事を部下にやらせておいて自分は女とイチャコラしているような首領でよいのでしょうか。警察は先にトラックを包囲して手下たちを一網打尽にしてしまいますが、手下は「ロベール・サトウはどこだ!」とポワンに問い詰められると即座に石仏を指さすなど、あっさり首領の居所を警察に教えてしまいます。首領たるもの、黄金仮面一味の結束を固めたいのなら女といちゃついていないで、力仕事も率先してやらなければなりません。

ロベールと不二子が車で逃げようとするところを発見し、追跡班と石仏探索班の二手に分かれます。前者はもちろん明智を筆頭に波越、文代、小林と、なぜかセシル嬢も車に乗っているのですが、ポワンは明智の指示で石仏探索班の方へ行ってしまいました。別にこの後セシルに見せ場らしい見せ場はないので、なぜセシルだけ追跡に加わるのかよくわかりませんが、男くさい追跡班に彩りを添えようということでしょうか。文代では彩りにならないなどと言ってはいけません。アングロサクソンのリベラルな気風に起因するジェンダーバランスへの配慮でしょう、知らんけど。そして、箱根の山を猛スピードを出して車で逃亡するロベール、危うく一般車両を巻き込んで事故を起こしそうになっていますが、『蜘蛛男』でも「相手はお役人である。給金で運転しているのだ」という印象的なセリフが出てきます。逃げるために死に物狂いで車を運転したからこそ、蜘蛛男はパトカーの追跡を振り切ることができたのですが、そのことを知ってか知らずか、ロベールを追う車は給金で食っているわけではない明智が運転します。

ロベールは途中で車を乗り捨て、箱根ロープウェーのゴンドラへ逃げ込みますが、なぜか自分でレバーを操作して、ロープウェイを作動させます。箱根ロープウェイの従業員は何をしているのでしょうか。明智たちが追いついてレバーを操作し、ゴンドラを宙づり状態で止めてしまいますが、なぜか余裕のロベール。何と逃走用のヘリコプターを用意しており、ゴンドラに閉じ込められていた首領を助けにやってきたのです。最後の最後は手下に見放されなくてよかったですね。どうせならもう一度ゴンドラを動かして、ヘリコプターに飛び移りにくようにすればよいと思うのですが、そんなことを思いつけるような追跡班ではありません。ロベールと不二子はまんまと縄梯子に飛び移り、ヘリコプターで逃走。ちなみに、ロベールと不二子がロープウェイに乗ったのは姥子駅であることが、一瞬映る駅の文字から読み取れます。現在の姥子駅前にはロベールと不二子が乗った頃のロープウェイのゴンドラが、退役して静態保存されています。

「妖精の美女」以前の事件では毎回、犯人に自殺されてしまっていた明智。今回は逮捕もできず、自殺もせず、ロベールにも不二子にも完全に逃亡されてしまうという、自殺されてばかりの明智にしては異色の失態となる幕切れですが、あまり現実味のない紳士盗賊のエピソードを、曲がりなりにもしっかりとドラマに仕上げているところは評価されてよいと思います。ドラマ制作陣も黄金仮面を気に入ってか、オリジナルエピソード「黄金仮面Ⅱ 桜の国の美女」まで後に作ってしまうのですから、「妖精の美女」はある種伝説的な作品と言えましょう。伊吹吾郎も全編、カタコトっぽい日本語で喋るのは大変だったことでしょうが、そこはさすがの名優、違和感はゼロではないものの、こんなものかと思われてくれます。初めて、冒頭で明智が黄金仮面について視聴者に語りかけるという手法が導入されており、ドラマ制作陣が新機軸に挑んだ意欲作であると言えるのではないでしょうか。…今回はちょっと褒め過ぎか?

なお、本作ではチョイ役でしか登場しない詫摩繁春は「桜の国の美女」ではメインキャストを演じる宅麻伸として再登場します。宅麻伸はもともと天知茂の付き人で、その縁で美女シリーズに何度もチョイ役で出演しているのですが、天知茂宅麻伸以外にも、自身の付き人やプロダクションの役者の面倒見がとてもよい方だったとか。刑事役として何度も出演する北町嘉朗や宮口二郎、「大時計の美女」で岩淵甚助を演じる岡部正純も言わば天知一家だったそうです。名優・天知茂、返す返すもクモ膜下出血による54歳での急逝が惜しまれますね。天知茂演じる明智小五郎が、もっと見てみたかった。

本作のみどころ:いつも以上に糊がベットリで不良品としか思えない明智の給仕長マスク