江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「悪魔のような美女」を観る

江戸川乱歩の美女シリーズ全25作中、「~のような美女」と表題がついているのは本作のみです。確かに「悪魔の美女」ではちょっと語呂が悪いので、「悪魔のような美女」としているのは正解でしょう。ちなみに「~の美女」でないのは本作と「魅せられた美女」だけです。原作は『黒蜥蜴』ですが、SFの要素をプラスしたことでどこかチープな印象が拭えなくなってしまった『猟奇の果』の白コウモリ団と違い、黒蜥蜴一味はリアルに凶悪な犯罪者集団です。「美しいものを美しいまま保存したい」というのが黒蜥蜴の美学なのだそうですが、そんなトンデモ動機で殺される方はたまったものではありませんね。「ちびまる子ちゃん」で、誘拐事件が多発しているという話を聞いて、身代金の用意もままならないであろうさくら家の父ヒロシが「貧乏でよかったなァ、おい」と自分の甲斐性のなさを棚に上げて喜んでいましたが、容姿端麗であることを理由に殺されるくらいならば、月並みのビジュアルの方が幸せかも知れません。同じく「ちびまる子ちゃん」で、美しいOLが変な男に交際を迫られて断ったら殺されたという週刊誌ネタを持ち出す母すみれに対し、まる子が「可哀想に。ひどいブスに生まれてりゃそんなこともなかっただろうにねェ」と失礼極まりない同情を見せていましたが、殊『黒蜥蜴』に関してはさくら家の認識が真理と言えましょう。

黒蜥蜴を演じるのは小川真由美。なぜか「特別出演」とついていますが、何がどう特別なのかはよくわかりません。ご健在だそうですが、Wikipediaによれば尼僧として出家されているとか。ただし剃髪はしておらず、女優業も完全に引退したつもりではないようですが、近年テレビ等でお見かけすることはありませんね。年齢的に合うかどうかわかりませんが、「天使と悪魔の美女」の三田村アキ役も、小川真由美を起用した方がよかったような気もします。ただ、その場合は小川真由美と美保純のレズシーンになるのか、うーん…

さて、黒蜥蜴はたくさんの手下を従えているようですが、一の子分は雨宮(清水章吾)。こちらも今はあまりお見かけしませんが、チワワとともに一躍有名になったアイフルおじさんです。2時間サスペンスドラマでは、冷淡で酷薄なお偉いさん役でよく起用されていました。嫁子供に家から追い出されて生活保護を受給しながらアパート暮らしをしているという週刊誌報道も目にしましたが、『白髪鬼』の大牟田敏清のようにならないことを祈るしかありません。そして、松吉という「大時計の美女」の岩淵甚助みたいな男もくっついていますが、よく海に放り込まれないなと思うくらいの感じです。お察し下さい。これも岡部正純が演じているとばかり思っていたのですが、演者は羽生昭彦。この方の詳細は不明ですが、「氷柱の美女」や「浴室の美女」でもチョイ役を演じています。松吉役は、これまでよりも大役ですね。冒頭、黒蜥蜴一味によって殺害される美青年は美女シリーズではお馴染み、後の宅麻伸こと詫摩繁春。「妖精の美女」、「宝石の美女」、「悪魔のような美女」と三連投なので、天知茂の弟子思いの優しさが伝わってきます。プールに沈められて殺される役なのはちょっと可哀想。「美しいものを美しいまま保存したい」と言うのなら、せめて薬物で安楽死くらいにしてあげてほしいのですが。誰も殺されたくないのが大前提とはいえ。

詫摩繁春の剥製のお相手として黒蜥蜴のターゲットにされてしまうのが、柳生博演じる岩瀬庄兵衛の娘・早苗(加山麗子)。黒蜥蜴の美術館に飾られている剥製のヌードで本作の裸は終わりと思いきや、加山麗子もしっかり脱いでいます。日活ロマンポルノ出身者の本領発揮ですが、演技力も相応にある女優ですので、早苗役の起用はヒットだったと言えるでしょう。原作では早苗と瓜二つの桜山葉子という少女が早苗の身代わりとなって活躍しますが、二役は「魅せられた美女」の明智小五郎/沖良介まで待たなければなりません。なお、後年「乱歩R」では峰岸徹が岩瀬役を演じますが、こちらは骨格がかろうじて同じというだけでストーリーはほぼ別物、峰岸徹もSMプレイ中に女王様とともに、秘書の緑川(松坂慶子)に殺害されてしまうというトホホな目に遭わされます。美しいものを美しいまま保存するという美学はどこへいったのでしょうか。

岩瀬親子は静岡のホテルに投宿しており、明智小五郎や波越警部らも警備のために駆け付けますが、ここに現れるのが緑川夫人。いよいよ首魁、黒蜥蜴の登場なのですが、身元調査もろくにしないで部外者を易々と混ぜてしまうのはどうかと思います。岩瀬の大事なものを狙うと黒蜥蜴は予告してきましたが、これは岩瀬が所有する巨大なダイヤモンドに違いないと、宝石を警備する波越警部ら警察ご一行。ダイヤモンドで釣っておいて早苗を誘拐する計画なのだということは容易にわかりそうなものなのですが、波越なのでわからなくても仕方ありません。緑川が仕込んだ睡眠薬で波越はグーグー寝てしまいますが、部外者が用意した飲み物をどうしてこうもあっさり飲んでしまうのでしょう。黒蜥蜴も今度の仕事は容易いと笑いが止まらなかったに違いありません。波越のあまりの無能ぶりを見て余裕ぶっこいたのか、緑川は明智と黒蜥蜴のどちらが勝つか、賭けようと言い出します。本当にこの界隈のみなさんは賭けが好きですね、「死刑台の美女」でも明智と宗方隆一郎が川手庄太郎の安否そっちのけで勝ち負けを競っていたのを思い出します。

早苗の部屋の向かいには大学教授を名乗って雨宮が投宿しており、明智や波越らがダイヤモンドに気をとられている隙に、雨宮は早苗を拉致して、トランクに詰め込んで車でホテルを出発します。しかし、珍しく序盤から勘が冴え渡っていた明智はこの車を文代と小林芳雄に尾行させていました。明智との勝負に勝ったと確信していた黒蜥蜴ですが、雨宮の車が尾行されていることを知るとちょっと動揺して、明智とのトランプにも急に勝てなくなってきます。尾行に気づいた雨宮ですが、文代たちを脅して車を奪おうとしたところでパトカーが到着し、早苗を放り出してしぶしぶ逃亡。早苗の無事を知った明智は、緑川が黒蜥蜴のタトゥーを入れているのを見つけ出して彼女を追い詰めにかかりますが、緑川は薬品を明智や波越に振りかけて、逃走してしまいました。タトゥーのようなわかりやすい目印を入れておくなど、どうかしています。せめてシールか何かで隠すくらいのことをしてはどうでしょうか。

第一幕では黒蜥蜴による早苗の誘拐を阻止した明智でしたが、結局早苗は誘拐されてしまいます。ここで登場するのが、長椅子。江戸川乱歩作品ではよくある手口です。凶悪犯に狙われている家はその最中に長椅子やらピアノやら、家具類を搬入したり搬出したりしてはいけません。雨宮が変装らしい変装もしないで長椅子を運び入れているというのに疑いもしない刑事たちの目も節穴以下としか言い様がないですね。長椅子に何ら不審を抱かなかった結果、早苗は替え玉とすり替わることもなく、あっさりと誘拐されてしまいます。やれやれ。早苗を誘拐した黒蜥蜴は、例の巨大なダイヤモンドを岩瀬に要求。まるで、ダイヤモンドを渡せば早苗は返すかのような口ぶりですが、早苗は詫摩繁春の隣で剥製となって展示される予定のはずです。早苗剥製計画をおくびにも出さずに嘘をつくとは、「美しいものを美しく保存したい」と言うわりには手口が美しくありません。

なぜか競艇場に呼び出され、みすみすダイヤモンドを黒蜥蜴に渡してしまう岩瀬。黒蜥蜴の送迎は雨宮が運転する軽トラですが、唐突に浮浪者が軽トラの前に現れて座り込んでしまい、警察の仕込みと疑った雨宮は浮浪者の髪の毛がカツラだろうと言って引き剝がそうとしますが、どうやら本物の髪のようで、謝りながら札を握らせます。これではあっさり指紋も取られてしまいかねません。雨宮が浮浪者に気を取られている間に何やら軽トラの荷台がモゾモゾと動いていましたが、雨宮は当然これに気づかず。早苗誘拐の鮮やかな手口はどうやら火事場の馬鹿力で、平時はちょっと抜けているようです。松吉との対比でデキる男のように見えていただけなのでしょう、きっと。ダイヤモンドを手に入れた黒蜥蜴は雨宮の運転する軽トラで、黒蜥蜴一味の拠点となっている島へ渡るべく、船に向かいますが、軽トラの助手席に乗っている黒蜥蜴は不自然過ぎます。警察に見つかったら止められても不思議はありません。変装くらいした方がよいと思います。

船ではヒゲの船長以下、手下たちがお待ちかね。荷物を運び入れますが、軽トラの荷台にあった荷物がやけに重い。中身は言うまでもなく、明智です。それにしても、この船はもしや「浴室の美女」で奥村源造が使っていた船だったりしないでしょうね。奥村の死後、魔術師一味から払い下げてもらったのかも知れません。どうやら美女シリーズに登場する犯罪者集団は妙なコネクションを持っているフシがあるので、奥村が明智の始末を黒蜥蜴に託してついでに船も払い下げて…って、そんなわけないか。明智はどうやらジャガイモのズタ袋に隠れて侵入したようで、食料庫に空の袋が落ちていたことで発覚してしまいますが、当然船内のどこを探しても発見できません。残るは黒蜥蜴の部屋、ということで目をつけられたのが黒蜥蜴専用の部屋にある長椅子。早苗誘拐の手口を逆手に取ったということでしょうか。明智はあろうことか黒蜥蜴を蔑み、嘲笑うかのようなことを言い、怒り狂った黒蜥蜴は長椅子ごと海に沈めるよう手下に命じます。嗚呼、絶対これ明智じゃない身代わりが入っているパターンや…

明智の侵入が発覚してから、松吉の動きがさらに鈍くなっているように見えるのが、ちゃんと伏線になっています。普段から鈍かったからこそ、入れ替わりもうまくいったのでしょうね。縛り上げられ、恐らく猿轡を嚙まされて声も出せなくなっていたであろう松吉が長椅子の中でゴトゴトと動いていたのを明智と勘違いし、海に放り込んでしまった黒蜥蜴一味。しかし、犯罪者とはいえこうもあっさり溺死させられてしまって本当によいのでしょうか。乱歩作品では、『妖虫』で老探偵・三笠竜介が犯人の目を欺くために猫を殺してその血を人間のものに見せかけるという、猫派の小生としては許し難い手口を使うのですが、犯罪者だからといって松吉のような扱いはいかがなものかと思ってしまいます。ちなみに明智はクローゼットの中に潜んでいたということで、長椅子の中身を検めなかったのは要するに黒蜥蜴一味の確認不足です。

長椅子を海に放り込んで満足し、拠点となっている島に着いた黒蜥蜴たち。しっかり乳首をご開帳の早苗に剥製の数々を見せたうえでプールに沈めるよう命じ、黒蜥蜴は自分専用の部屋に引っ込みますが、松吉がやってきて異変を知らせます。プールで沈んでいたのは早苗ではなく雨宮、当然のことながら溺死しており、黒蜥蜴は驚きますが、一味は松吉を除いて全く黒蜥蜴の呼びかけに応じず、出てきません。そして、剥製を展示してある美術館エリアに行ってみると、何かおかしいことに気づく黒蜥蜴。ゆっくりと松吉の変装を解いた明智は、黒蜥蜴を嘲笑うかのようになぜか大爆笑。笑われるのが最も嫌いなのと黒蜥蜴に言われても笑い続け、飾ってある剥製までもがなぜか笑い出します。剥製もいつの間にか波越、文代、小林にすり替わっていました。黒蜥蜴の敗北がおかしいのか、いつになく文代も満足げに大笑いしています。追い詰められた黒蜥蜴は自分専用の部屋に逃げ込み、毒を飲んで自殺。「宝石の美女」に続き、今回も自殺されてしまいましたね、明智先生。黒蜥蜴は、松吉に変装した明智の前で不意に本心を吐露してしまっていました。自信満々の大犯罪者が、手下を前に弱みをさらけ出してしまった時点で敗北は確定していたのだと、黒蜥蜴も悟りきったように語って絶命します。

美男美女を誘拐して剥製にする、という凶悪にして奇妙奇天烈な犯罪者を描いた原作『黒蜥蜴』ですが、「悪魔のような美女」は原作の骨格を維持しつつ、比較的忠実に再現していると言えます。黒蜥蜴が用いた長椅子のトリックを明智が逆手に取り、身代わりを殺させて自分の死を信じ込ませる手口も、笑われるのが最も嫌いと顔を引き攣らせる黒蜥蜴を前に明智、波越、文代、小林たちがひたすら嘲笑し続けるシーンも、なかなか憎い演出です。加山麗子の演技力が担保されていることもあり、雰囲気をぶち壊す棒演技の役者が出てこないのもいい。荒井注がそもそも棒ではないかなどと言ってはいけません。黒蜥蜴役を美輪明宏が演じた、三島由紀夫の手による舞台版「黒蜥蜴」で明智小五郎役を務めたことで天知茂は脚光を浴び、これが後に美女シリーズで明智役に登板する契機となったそうで、舞台版「黒蜥蜴」も評価が高かったようですが、「悪魔のような美女」も負けていない作品です。

本作のみどころ:美女シリーズ初の洋モノの裸が登場する黒蜥蜴の剥製美術館