江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「大時計の美女」を観る

のっけから白髪のざんばら頭を振り回してケケケケ、ケケケケと不気味な笑い声を上げるバアさんの幽霊に度肝を抜かれます。口の周りについている肉片でグロテスクさも一入。幽霊に脅えるのは時計屋敷の主人、児玉丈太郎。シャツの胸元を大胆に開けて、いかにも遊び人風の外見です。若き日の横内正がどうにも渡辺いっけいに見えてしまうのは気のせいでしょうか。幽霊はどうやら児玉の育ての母のお鉄バアさんこと長田鉄であるらしく、児玉は妙に脅えています。まぁ、幽霊を見て脅えない人間もいないか。

明智小五郎はそんな児玉に幽霊の正体を突き止めてくれと依頼され、三浦半島にある時計屋敷まで児玉の車に乗っていそいそと出かけていきます。明智先生、幽霊退治がちょっと楽しそうな感じ。「黒水仙の美女」でも妙にウキウキで伊志田家の屋敷に泊まり込んでいたところからして、明智は幽霊に関心が強いのかも知れませんね。児玉が所有する時計屋敷の大時計は随分前から動かなくなっているにもかかわらず、児玉が幽霊に遭遇した夜には動いていたというのです。「幽霊は時計を動かせるのか…」と渋く独り言をつぶやく明智。幽霊がキコキコと捩子を巻いて時計を動かす姿を想像すると、怖いというよりも滑稽に思えます。時計屋敷の住人は児玉に加えて児玉の妻の夏代と、口を利くことができない使用人の岩淵甚助。恐らく原作『幽霊塔』の肥田夏子と岩淵甚三に由来するのでしょうが、夏代はペットの猿を飼っておらず、甚助も養虫園を営んではいません。夏代は時計屋敷の元の持ち主、渡海屋市郎兵衛の隠し財産を狙って散々児玉に貢いでいたそうなので(本人談)、強いて言えば夏代のペットは児玉なのかも知れません。後半で児玉に殺されてしまうので、ペットに殺されるとは夏代も不憫です。こういうのも飼い犬に手を噛まれると言うのでしょうか。それにしても、甚助の顔の凸凹は一体なんなのでしょう。これは皮膚病なのでしょうか?時計屋敷から車でちょっと距離はありますが、百草園というところに股野礼三という整形手術の名人が住んでいて、口が利けないはずの甚助がよく股野と電話をしているので、知り合いのはずなのに。使用人の顔を整形してあげても一銭にもならないという股野なりの損得勘定でしょうか。ヤミ医者でありながらなかなかの商売人です。演じる人は同じでも、芸術を追求するあまりアパートで貧乏暮らしの氷柱アーティストとは一味違いますね。

本作のメインゲストは結城しのぶ演じる野末秋子。どうやら時計屋敷の大時計の動かし方を知っていたようです。普段は三崎の町のレストランでピアノを弾いています。アクセントは銀の腕輪、否応なくお鉄バアさんの養女、和田ぎんを想起させますね。

さて、そもそも本作は北野武監督のアウトレイジ並みに「登場人物、全員悪人」と言っていいでしょう。時計屋敷の主人、児玉はお鉄バアさん殺しの真犯人で、妻の夏代や元恋人のアケミ、使用人の甚助も殺害。夏代は夏代で、財産目当てで明智までも誘惑しようとします。弁護士の黒川とヤミ医者の股野も時計屋敷の財宝狙い。児玉に殺される甚助にしても、口を利けないというのも嘘であるうえに、黒川と股野の命令で時計屋敷に住み込んでスパイをやっていたのであまり同情はできません。野末秋子こと和田ぎんは一服の清涼剤です。

そして、お待たせいたしました。ヤミ医者の股野礼三は皆さんご存知、美女シリーズの記念すべき第1作「氷柱の美女」で鮮烈な印象を残した、自称犯罪芸術家にして気鋭の氷柱アーティスト・谷山三郎巨匠役を熱演した松橋登です。ハリウッド女優みたいなデカいサングラスで顔を隠していたり、今回も胡散臭さ満点。自身が営んでいる百草園に明智が踏み込んでくると、黒川が明智を油断させている隙に物陰から毒矢を放ち、明智を監禁して、明智が時計屋敷の中で見つけた渡海屋市郎兵衛の隠し財産の在処を示唆する文書を奪ってしまいます。そんなもの持って出歩くなよ明智

股野と共謀して明智を監禁する、脚が不自由で杖をついている黒川弁護士を演じる根上淳は「妖しい傷あとの美女」で小山田六郎役として再登場。小山田はSM趣味で妻の静子を夜な夜な鞭で叩いているばかりか、親王塚貴子演じるSMクラブで胸に蝋燭の蝋を垂らされてアンアン喘いで喜ぶ女を秘書兼愛人として囲っている変態紳士ですが、本作では児玉に時計マニアの野末秋子を引き合わせる重要な役どころです。股野と組んで和田ぎんを書類上葬り、整形を施して野末秋子という名前を与え、児玉に取り入って時計屋敷の元の持ち主、渡海屋市郎兵衛の隠し財産を虎視眈々と狙っています。名優・根上淳、良い人そうに振る舞っているのにどう見ても悪徳弁護士にしか見えないところがいい。美女シリーズで、脚が不自由で杖をついている人は大体悪人です。この黒川然り、「化粧台の美女」で山本學演じる黒柳肇博士然り。

次はお鉄バアさんの生前に時計屋敷でお手伝いをしていた赤井トキ子。アケミと名乗って時計屋敷に現れ、夏代を目の前にして児玉にすり寄ります。どうやら元恋人らしいのですが、このアケミの棒演技たるや。波越警部の推理力ですら、一瞬で裸要員と見抜けることでしょう。アケミはなぜか、野末秋子が赤井トキ子であると言い張りますが、その後、墓地で白装束の怪人物に撲殺されてしまいます。なぜか死体の服の胸元がはだけて、トップレスなのはご愛嬌。そうしないと視聴者が満足しないからという大人の事情でしょう。

さて、原作『幽霊塔』と共通する部分もあると言えばあるこの「大時計の美女」ですが、前述のとおり、名前こそ児玉丈太郎であるものの原作とはかけ離れている横内正演じる児玉を、何と犯人にしてしまうという荒業を見せてくれます。名前は児玉ながら、実際はお鉄バアさんの養子・長田長造のキャラクターに近いものがありますが、それにしてもこの「長田長造」という名前のやっつけ感。児玉は、実は甚助の口が利けることを知り、庭の小屋に潜んで、小屋に入ってきた甚助の首に縄をかけると滑車で吊るし上げ、誰の指示で動いているのかを吐かせにかかります。甚助とて、さしたる恩はないのかあっさり「く…黒川…」と黒川弁護士の名前を言ってしまい、「なに、黒川!?」と驚いた勢いなのか、もともと殺す気ではあったのか、とうとう児玉は甚助を縊死させてしまいました。気の毒な身の上を憐れんで可愛がってやったのに恩を仇で返しやがって!と甚助に怒り心頭で首を絞める児玉ですが、お前言うほど可愛がっていたか?単に小間使いとしてこき使っていただけちゃう?

終盤、時計屋敷にいる児玉と野末秋子のところへ黒川と股野コンビも現れ、遂に児玉も野末秋子の正体、つまり彼女が和田ぎんである事実を知ることに。ところが、そこに死んだはずの甚助が現れ、早くも児玉はビビりまくります。さらに、甚助がお鉄バアさん殺しの真相まで雄弁に語り始めると、黒川と股野も「甚助は昔のことまでは知らないはずだ!」と動揺。やはり、妙に能弁な甚助の正体は明智の変装でした。顔に凹凸のある甚助マスクは特注なのでしょうか。児玉を脅かすために現れたお鉄バアさんは文代の変装で、白髪に白装束の変装を解いた文代もなぜか得意げです。

殺したはずの甚助が目の前に現れるわ、トキ子と甚助の殺害を暴かれるわ、幽霊にビビるわで半ばパニックを起こしていた児玉は、財産の隠し場所の洞窟に通じる穴に落ちて死んでしまいます。杖をついている黒川もなぜか敏捷な動きで穴に飛び込み、穴から出られなくなってミイラ化してしまった渡海屋市郎兵衛の亡骸と、渡海屋を取り囲んでいる隠し財産を発見して股野とともに大喜び。君らに所有権はないはずなんだけど、落とし物と同じで隠し財産も発見者が1割もらえるのでしょうか。しかし、穴は1時間後に再び閉じられてしまいます。財産を持ち出す余裕もないまま、穴の中に閉じ込められて渡海屋のように朽ち果てるか、出てきて手錠をはめられるか選ぶよう波越警部に迫られてしまい、黒川と股野はあえなく御用に。和田ぎんを野末秋子として生まれ変わらせる整形の技術をもっと有効活用していればよかったのに。というか、しつこいようですけどまず甚助の顔を治してやれよ。

原作『幽霊塔』は『白髪鬼』と同様、黒岩涙香による翻案をさらに江戸川乱歩がアレンジしたという経緯があり、ポプラ社ジュブナイル『時計塔の秘密』まで出ていますので、アリス・マリエル・ウィリアムソンの『灰色の女』から数えると、四段階も改変されているというある意味異色の作です。ちなみに宮崎駿は「ルパン三世 カリオストロの城」の源流もこの『幽霊塔』にあると語っているそうで、乃木坂太郎による漫画『幽麗塔』まで含めれば、乱歩作品としてはかなり派生的な影響を与えた作品と言えるかも知れませんね。

この「大時計の美女」では、珍しくメインゲストの美女は死なずに済みます。名誉を回復した野末秋子こと和田ぎんは、外国でピアノを勉強し直すのだとなぜか崖の上で明智に語ります。児玉は死亡、黒川と股野は逮捕され、これにて一件落着、めでたし、めでたし。美女シリーズにしては珍しく後味の悪くない一作です。

本作のみどころ:お鉄バアさんの幽霊が口にくわえている和田ぎんの手首の肉片