江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「魅せられた美女」を観る

ある意味、美女シリーズの中でもいろいろな意味で異色作なのが、この「魅せられた美女」。原作は『十字路』ですが、そもそもこの原作は江戸川乱歩自身の作ではありません。プロットは渡辺剣次という作家が練り上げ、乱歩は執筆を担当したという経緯もあり、明智小五郎も登場しない乱歩らしからぬ小説です。「魅せられた美女」はところどころ原作に沿った点もあるにはあるのですが、やはり大きく違うのが事実上の主役と言ってよい伊勢省吾のキャラクター。原作の伊勢は妻の暴走によってやむにやまれず犯罪に手を染めてしまいましたが、待田京介演じる伊勢はもともと犯罪に手を染めていて、妻を殺して以降、よりはっきりと悪党の本性を剥き出しにする犯罪者として描かれます。芸能プロダクションの社長であるにもかかわらず、所属タレントの沖晴美に高級マンションを提供して恩を着せたうえで言い寄り(その時点ではまだ既婚者なのに!)、明智小五郎が捜査に乗り出してくると、露骨なまでに明智への対抗心を剥き出しにして真っ向から挑戦してきます。自分の頭脳にはかなり自信を持っているらしく、知恵比べを楽しんでいるような素振りさえ見せます。が、最後はあっさり敗北します。

ヒロイン役、沖晴美を演じるのは岡田奈々。同姓同名のAKB48のアイドルが少し前に何やら炎上していましたが、こちらは違う岡田奈々です。美女シリーズに登場したメインゲストの中でも一、二を争うクラスの美貌ではないでしょうか。とはいえ、刃物を持った伊勢省吾の妻・友子がマンションに乗り込んできて揉み合いになるという冒頭のシーンは、岡田奈々にとってトラウマではなかったのかなと少し心配になります。1977年、短大に進学したばかりのうら若き岡田奈々の自宅に暴漢が押し入り、刃物で切りつけて怪我を負わせ、部屋で一晩過ごしてから立ち去るという事件がありました。暴漢は結局捕まらずじまいで、被害は果たして刃物で切りつけられるだけだったのかは永遠の謎ですが、台本を読んで出演を拒否してもよさそうなものです。時系列的には事件の後に「魅せられた美女」に出演したのですから、なみなみならぬプロ意識を感じます。天は二物を与えることもあるんですね。それにしても、岡田奈々を美女シリーズでももっと違う役に起用できなかったのでしょうか。岡田奈々「白い乳房の美女」にも再登場しますが、容貌の醜い姉にバレエの教師との仲を嫉妬されて惨殺される美しい妹のバレリーナの役です。なんだか書いているだけで可哀想になってきました。

原作に比べて、伊勢はあからさまに「自分は巻き込まれただけ。殺したのは晴美。俺が泥をかぶって助けてやっている」というイヤ〜な感じの態度を露骨に出してくるので、「お前の嫁が勘違いして押し入ってきて刃物を振り回したのがそもそもの元凶だろうが!」と岡田奈々のか細い肩を全面的に持ちたくなります。しかも、晴美は伊勢の妻・友子と揉み合っていて、友子がナイフを自分の肩の辺りに刺してしまっただけで、要するに完全な正当防衛。晴美が気絶している隙にまだ息のあった友子に伊勢自身がとどめを刺したのですから、この男、口では晴美と結婚したいなどと言っておきながら晴美を陥れる気満々です。ちびまる子ちゃんの藤木より卑怯だぞ、伊勢省吾!

本作の最大の特徴は何と言っても、沖晴美の兄で棋士の沖良介役を天知茂が二役で演じたことでしょう。良介は婚約者の桃子が経営するバーで晴美のマネージャー・真下幸彦と口論になり、酔っ払ってうっかり伊勢の車の後部座席に乗り込んで、寝入ってしまいます。伊勢はその車で友子の死体を始末しに行くところでした。死体を捨てようとしたまさにその時に現れて伊勢から顛末を聞かされ、晴美に真偽を確かめに行こうとする良介を伊勢はナイフで刺して殺害。実はその一部始終を中条きよし演じる真下が目撃していて、伊勢を脅迫しますが、この辺りは『十字路』になかなか忠実です。原作でも悪徳探偵の南重吉と芸術家の相馬良介が瓜二つという設定でした。しかし、天知茂岡田奈々の兄を演じるにはいささか年長すぎて、髪をパリッと固めた明智との対比でややボサボサの頭ですが、顔の皺の具合などからどう見ても兄妹とは思えません。まぁ、こればかりは仕方ないか…

そして、真下役の中条きよし。「エマニエルの美女」では最初に殺されてしまう姫田吾郎役、そして「白い素肌の美女」ではマッサージ師の宇佐美鉄心というこれまたインパクト大の役を熱演しましたが、途中から犯罪の隠蔽よりも明智との知恵比べに勝つことが主眼になってしまった天才犯罪者気取りの伊勢の片棒を担がされるだけ担がされた挙句、調子に乗り過ぎてしまい、睡眠薬入りの酒で昏睡させられて車ごと海に沈められてしまいます。実は伊勢は、財産を目当てに岳父も同じ手口で殺害していました。友子の靴をネタに伊勢を脅し、晴美と結婚させろ、晴美を連れて独立するための資金を出せ、自らが経営に失敗したマネキン工場を5千万円で買い取れ、と言いたい放題の要求を伊勢に突きつけたものの、靴が偽物であることを伊勢に見破られ、それが仇となって口を封じられてしまいました。美女シリーズに三度登場し、三度とも非業の死を遂げる中条きよし。この頃もすでに年金を納めていなかったのでしょうか。でも、真面目に年金を納める中条きよしはなんか違う気がするので、キャラを貫き通してほしいものです。

本作の裸要員は沖良介の婚約者でバーのママ・桃子を演じる奈美悦子。真下はいざという時に備えて伊勢の犯行を記した手紙を桃子に預けており、わざわざ伊勢に殺される時にそれを教えてあげてしまいます。その手紙を奪うために伊勢は桃子の家に侵入しますが、折しも入浴中。家探しをする音に気づき、部屋が荒らされているのを見つけた桃子は伊勢に襲われ、浴槽に顔を沈められて溺死させられてしまいます。奈美悦子は「宝石の美女」で、大牟田敏清の死亡診断書をでっち上げる見返りに資金提供を受け、白髪鬼となって蘇った大牟田に殺される医師役を演じましたが、「宝石の美女」では絞殺、「魅せられた美女」では浴槽に顔をつけられて溺死と、「エマニエルの美女」ではギロチンで首を刎ねられるわ、「鏡地獄の美女」では電動ノコギリで切り裂かれる寸前で助かるも結局は毒を飲まされてしまうわ散々だった岡田英次に負けず劣らず酷い目に遭わされています。

さて、伊勢は友子と良介の死体を一旦は自身が経営している会社が所有する沼に沈めました。芸能プロダクションが沼を保有して何の得があるのかなどと無粋なツッコミを入れてはいけません。伊勢は真下に手伝わせて、沼から死体を引き上げて別の場所に隠したうえで、その後あえて自分に疑いを向けさせて警察が沼を捜索するよう仕向けます。当然のことながら死体は出てきません。沼に死体が隠されているはずだと警察に進言したのは明智でしたが、その明智を伊勢は面罵して、明智は謝罪に追い込まれてしまいます。一蓮托生で恥をかかされた波越警部も不満げですが、実はこれは明智の作戦。勝ったと伊勢に思い込ませて、ボロを出させる策略でした。嗚呼、いつもながら何という陰険な名探偵。

明智との知恵比べを制したと確信し、自宅で勝利の美酒に酔う伊勢。実は晴美が明智の事務所を訪ねて真相を告白し、友子にとどめを刺したのは伊勢であることまで明智に見抜かれているとも知らず、えらくご機嫌です。晴美が明智に匿われて行方不明になっても、真下を相手に「晴美は必ず俺を頼ってくるはずだ」と豪語していた辺り、伊勢もなかなかの勘違いおじさんなのですが、そんな哀れな中年男の酔いを醒ますかのように、伊勢が始末したはずの真下から電話が。慌てて車で真下のマネキン工場へ向かう伊勢。おい、あんた、酒気帯び運転じゃないの。なんて野暮なツッコミはいけません、ドラマですからね。マネキン工場にやってきた伊勢の前に、海に車ごと転落して死んだはずの真下が現れます。金を渡すと言いながら懐から刃物を取り出し、再び口を封じようとする往生際の悪い伊勢ですが、言うまでもなく真下の正体は変装した明智なので、伊勢が勝てるはずもありません。そこへ波越警部らも登場しますが、真下が生きていたとすっかり思い込んでしまった伊勢はすべてを自白したうえに、岳父を真下と同じ手口で殺したことまで滔々と喋ってしまいました。邪魔な相手に睡眠薬を飲ませて眠らせ、車ごと海に転落させて自分だけ脱出して殺害する「伊勢スキーム」、成功の方程式に余程の自信がおありだったのでしょう。芸能プロを店仕舞いして『影男』の須原正のように殺人請負会社でも設立した方がよかったかも知れません。

美女シリーズにしては珍しいことに、伊勢は毒を飲んだりピストルで自殺したりすることもなく、あっさりと逮捕されます。沼から回収した伊勢友子と沖良介の死体はマネキン工場にあった人形に塗り込められていましたが、これは『一寸法師』や『蜘蛛男』などで見かける手口ですね。明智との知恵比べに執念を燃やしていた伊勢省吾、江戸川乱歩作品を読んで明智の攻略法を研究したのかも知れません。なぜ一寸法師も蜘蛛男も最後は明智に敗北することに気づかなかったのだろうか…

沖良介の死体を発見するも、晴美には見えないようにして「見ちゃいけない。見るなら私を見なさい」と、瓜二つの顔ならではの台詞を吐く明智。エンディングは、歌番組で涙を流しながら熱唱する晴美。兄の死を乗り越えて、立ち直れたようでよかったですね。「大時計の美女」の野末秋子と並んで、酷い目には遭ったけれども人生をやり直すためのスタートを切ることができたヒロインとして印象に残る存在です。

『十字路』は小説としての完成度は極めて高いと思います。「魅せられた美女」も原作をある程度なぞっているからか、美女シリーズにありがちな無理矢理感は比較的少なめで、きっちりまとまっている印象。原作と違い、伊勢が自ら死を選ばないのも待田京介のふてぶてしい演技からすればむしろ必然でしょう。ドラマの方の伊勢は追い詰められたからと言って自殺して幕を引くようなタイプには見えません。そして、真相を突き止められても自殺しないでいて、その伊勢が殺害した被害者の数は岳父、妻の友子、死体を見てしまった沖良介、それを脅迫した真下、真下の手紙を預かっていた桃子の計5人。なりゆきにしてはいくらなんでも殺し過ぎです。その意味でも異色作と言えましょう。

本作のみどころ:シスコンをこじらせるあまり泥酔して暴れる沖良介の悪すぎる酒癖