江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「魅せられた美女」を観る

ある意味、美女シリーズの中でもいろいろな意味で異色作なのが、この「魅せられた美女」。原作は『十字路』ですが、そもそもこの原作は江戸川乱歩自身の作ではありません。プロットは渡辺剣次という作家が練り上げ、乱歩は執筆を担当したという経緯もあり、明智小五郎も登場しない乱歩らしからぬ小説です。「魅せられた美女」はところどころ原作に沿った点もあるにはあるのですが、やはり大きく違うのが事実上の主役と言ってよい伊勢省吾のキャラクター。原作の伊勢は妻の暴走によってやむにやまれず犯罪に手を染めてしまいましたが、待田京介演じる伊勢はもともと犯罪に手を染めていて、妻を殺して以降、よりはっきりと悪党の本性を剥き出しにする犯罪者として描かれます。芸能プロダクションの社長であるにもかかわらず、所属タレントの沖晴美に高級マンションを提供して恩を着せたうえで言い寄り(その時点ではまだ既婚者なのに!)、明智小五郎が捜査に乗り出してくると、露骨なまでに明智への対抗心を剥き出しにして真っ向から挑戦してきます。自分の頭脳にはかなり自信を持っているらしく、知恵比べを楽しんでいるような素振りさえ見せます。が、最後はあっさり敗北します。

ヒロイン役、沖晴美を演じるのは岡田奈々。同姓同名のAKB48のアイドルが少し前に何やら炎上していましたが、こちらは違う岡田奈々です。美女シリーズに登場したメインゲストの中でも一、二を争うクラスの美貌ではないでしょうか。とはいえ、刃物を持った伊勢省吾の妻・友子がマンションに乗り込んできて揉み合いになるという冒頭のシーンは、岡田奈々にとってトラウマではなかったのかなと少し心配になります。1977年、短大に進学したばかりのうら若き岡田奈々の自宅に暴漢が押し入り、刃物で切りつけて怪我を負わせ、部屋で一晩過ごしてから立ち去るという事件がありました。暴漢は結局捕まらずじまいで、被害は果たして刃物で切りつけられるだけだったのかは永遠の謎ですが、台本を読んで出演を拒否してもよさそうなものです。時系列的には事件の後に「魅せられた美女」に出演したのですから、なみなみならぬプロ意識を感じます。天は二物を与えることもあるんですね。それにしても、岡田奈々を美女シリーズでももっと違う役に起用できなかったのでしょうか。岡田奈々「白い乳房の美女」にも再登場しますが、容貌の醜い姉にバレエの教師との仲を嫉妬されて惨殺される美しい妹のバレリーナの役です。なんだか書いているだけで可哀想になってきました。

原作に比べて、伊勢はあからさまに「自分は巻き込まれただけ。殺したのは晴美。俺が泥をかぶって助けてやっている」というイヤ〜な感じの態度を露骨に出してくるので、「お前の嫁が勘違いして押し入ってきて刃物を振り回したのがそもそもの元凶だろうが!」と岡田奈々のか細い肩を全面的に持ちたくなります。しかも、晴美は伊勢の妻・友子と揉み合っていて、友子がナイフを自分の肩の辺りに刺してしまっただけで、要するに完全な正当防衛。晴美が気絶している隙にまだ息のあった友子に伊勢自身がとどめを刺したのですから、この男、口では晴美と結婚したいなどと言っておきながら晴美を陥れる気満々です。ちびまる子ちゃんの藤木より卑怯だぞ、伊勢省吾!

本作の最大の特徴は何と言っても、沖晴美の兄で棋士の沖良介役を天知茂が二役で演じたことでしょう。良介は婚約者の桃子が経営するバーで晴美のマネージャー・真下幸彦と口論になり、酔っ払ってうっかり伊勢の車の後部座席に乗り込んで、寝入ってしまいます。伊勢はその車で友子の死体を始末しに行くところでした。死体を捨てようとしたまさにその時に現れて伊勢から顛末を聞かされ、晴美に真偽を確かめに行こうとする良介を伊勢はナイフで刺して殺害。実はその一部始終を中条きよし演じる真下が目撃していて、伊勢を脅迫しますが、この辺りは『十字路』になかなか忠実です。原作でも悪徳探偵の南重吉と芸術家の相馬良介が瓜二つという設定でした。しかし、天知茂岡田奈々の兄を演じるにはいささか年長すぎて、髪をパリッと固めた明智との対比でややボサボサの頭ですが、顔の皺の具合などからどう見ても兄妹とは思えません。まぁ、こればかりは仕方ないか…

そして、真下役の中条きよし。「エマニエルの美女」では最初に殺されてしまう姫田吾郎役、そして「白い素肌の美女」ではマッサージ師の宇佐美鉄心というこれまたインパクト大の役を熱演しましたが、途中から犯罪の隠蔽よりも明智との知恵比べに勝つことが主眼になってしまった天才犯罪者気取りの伊勢の片棒を担がされるだけ担がされた挙句、調子に乗り過ぎてしまい、睡眠薬入りの酒で昏睡させられて車ごと海に沈められてしまいます。実は伊勢は、財産を目当てに岳父も同じ手口で殺害していました。友子の靴をネタに伊勢を脅し、晴美と結婚させろ、晴美を連れて独立するための資金を出せ、自らが経営に失敗したマネキン工場を5千万円で買い取れ、と言いたい放題の要求を伊勢に突きつけたものの、靴が偽物であることを伊勢に見破られ、それが仇となって口を封じられてしまいました。美女シリーズに三度登場し、三度とも非業の死を遂げる中条きよし。この頃もすでに年金を納めていなかったのでしょうか。でも、真面目に年金を納める中条きよしはなんか違う気がするので、キャラを貫き通してほしいものです。

本作の裸要員は沖良介の婚約者でバーのママ・桃子を演じる奈美悦子。真下はいざという時に備えて伊勢の犯行を記した手紙を桃子に預けており、わざわざ伊勢に殺される時にそれを教えてあげてしまいます。その手紙を奪うために伊勢は桃子の家に侵入しますが、折しも入浴中。家探しをする音に気づき、部屋が荒らされているのを見つけた桃子は伊勢に襲われ、浴槽に顔を沈められて溺死させられてしまいます。奈美悦子は「宝石の美女」で、大牟田敏清の死亡診断書をでっち上げる見返りに資金提供を受け、白髪鬼となって蘇った大牟田に殺される医師役を演じましたが、「宝石の美女」では絞殺、「魅せられた美女」では浴槽に顔をつけられて溺死と、「エマニエルの美女」ではギロチンで首を刎ねられるわ、「鏡地獄の美女」では電動ノコギリで切り裂かれる寸前で助かるも結局は毒を飲まされてしまうわ散々だった岡田英次に負けず劣らず酷い目に遭わされています。

さて、伊勢は友子と良介の死体を一旦は自身が経営している会社が所有する沼に沈めました。芸能プロダクションが沼を保有して何の得があるのかなどと無粋なツッコミを入れてはいけません。伊勢は真下に手伝わせて、沼から死体を引き上げて別の場所に隠したうえで、その後あえて自分に疑いを向けさせて警察が沼を捜索するよう仕向けます。当然のことながら死体は出てきません。沼に死体が隠されているはずだと警察に進言したのは明智でしたが、その明智を伊勢は面罵して、明智は謝罪に追い込まれてしまいます。一蓮托生で恥をかかされた波越警部も不満げですが、実はこれは明智の作戦。勝ったと伊勢に思い込ませて、ボロを出させる策略でした。嗚呼、いつもながら何という陰険な名探偵。

明智との知恵比べを制したと確信し、自宅で勝利の美酒に酔う伊勢。実は晴美が明智の事務所を訪ねて真相を告白し、友子にとどめを刺したのは伊勢であることまで明智に見抜かれているとも知らず、えらくご機嫌です。晴美が明智に匿われて行方不明になっても、真下を相手に「晴美は必ず俺を頼ってくるはずだ」と豪語していた辺り、伊勢もなかなかの勘違いおじさんなのですが、そんな哀れな中年男の酔いを醒ますかのように、伊勢が始末したはずの真下から電話が。慌てて車で真下のマネキン工場へ向かう伊勢。おい、あんた、酒気帯び運転じゃないの。なんて野暮なツッコミはいけません、ドラマですからね。マネキン工場にやってきた伊勢の前に、海に車ごと転落して死んだはずの真下が現れます。金を渡すと言いながら懐から刃物を取り出し、再び口を封じようとする往生際の悪い伊勢ですが、言うまでもなく真下の正体は変装した明智なので、伊勢が勝てるはずもありません。そこへ波越警部らも登場しますが、真下が生きていたとすっかり思い込んでしまった伊勢はすべてを自白したうえに、岳父を真下と同じ手口で殺したことまで滔々と喋ってしまいました。邪魔な相手に睡眠薬を飲ませて眠らせ、車ごと海に転落させて自分だけ脱出して殺害する「伊勢スキーム」、成功の方程式に余程の自信がおありだったのでしょう。芸能プロを店仕舞いして『影男』の須原正のように殺人請負会社でも設立した方がよかったかも知れません。

美女シリーズにしては珍しいことに、伊勢は毒を飲んだりピストルで自殺したりすることもなく、あっさりと逮捕されます。沼から回収した伊勢友子と沖良介の死体はマネキン工場にあった人形に塗り込められていましたが、これは『一寸法師』や『蜘蛛男』などで見かける手口ですね。明智との知恵比べに執念を燃やしていた伊勢省吾、江戸川乱歩作品を読んで明智の攻略法を研究したのかも知れません。なぜ一寸法師も蜘蛛男も最後は明智に敗北することに気づかなかったのだろうか…

沖良介の死体を発見するも、晴美には見えないようにして「見ちゃいけない。見るなら私を見なさい」と、瓜二つの顔ならではの台詞を吐く明智。エンディングは、歌番組で涙を流しながら熱唱する晴美。兄の死を乗り越えて、立ち直れたようでよかったですね。「大時計の美女」の野末秋子と並んで、酷い目には遭ったけれども人生をやり直すためのスタートを切ることができたヒロインとして印象に残る存在です。

『十字路』は小説としての完成度は極めて高いと思います。「魅せられた美女」も原作をある程度なぞっているからか、美女シリーズにありがちな無理矢理感は比較的少なめで、きっちりまとまっている印象。原作と違い、伊勢が自ら死を選ばないのも待田京介のふてぶてしい演技からすればむしろ必然でしょう。ドラマの方の伊勢は追い詰められたからと言って自殺して幕を引くようなタイプには見えません。そして、真相を突き止められても自殺しないでいて、その伊勢が殺害した被害者の数は岳父、妻の友子、死体を見てしまった沖良介、それを脅迫した真下、真下の手紙を預かっていた桃子の計5人。なりゆきにしてはいくらなんでも殺し過ぎです。その意味でも異色作と言えましょう。

本作のみどころ:シスコンをこじらせるあまり泥酔して暴れる沖良介の悪すぎる酒癖

江戸川乱歩の美女シリーズ「エマニエルの美女」を観る

かねがね疑問に思っていたのですが、江戸川乱歩の美女シリーズは、なぜか原作の登場人物の名前をちょっとだけ改変する妙な癖がちらほら見られます。「悪魔の紋章」の宗像隆一郎博士を「宗方」にしたり、「蜘蛛男」の畔柳博士を「黒柳」にしたり、「黄金仮面」の大鳥不二子を「大島」にしたり。3つ目の例に関しては脚本家が原作をチラ見した時に「鳥」を「島」と見間違えて、誤って大島にしてしまっただけだったりして、などと想像も膨らみますが、この「エマニエルの美女」は珍しく、名前の改変も少ないばかりでなく、プロットもかなり原作に忠実です。

原作は『化人幻戯』。ずっと「かじんげんぎ」だと思っていましたが、「けにんげんぎ」が正確です。太平洋戦争後の江戸川乱歩の代表的な長編とされていますが、実は戦後の乱歩は長編をほとんど書いていないのです。戦後に乱歩が著した長編は本作以外に『十字路』、『影男』、『三角館の恐怖』がありますが、『十字路』は渡辺剣次による設計図をもとに乱歩が家を建てたようなもので、『三角館の恐怖』はロジャー・スカーレットの『エンジェル家の殺人』の翻案ですから、実質的な乱歩による長編は『影男』と、『化人幻戯』しかないということになります。ちなみに、この4作はいずれも美女シリーズでドラマ化されていますが、原作の雰囲気が感じられるのは「エマニエルの美女」と、あとはせいぜい『十字路』が下敷きの「魅せられた美女」くらいのもの。『影男』の「鏡地獄の美女」、『三角館の恐怖』の「炎の中の美女」は、もはや全く別の作品と言っても過言ではありません。とりわけ「炎の中の美女」に至ってはもうなんかアレです、時間を返してくれって感じの出来です。

さて、事件の舞台は推理小説の大家・大河原義明の別荘。明智小五郎と波越警部は、大河原に招かれて別荘を訪れますが、大河原義明を演じるのは岡田英次。「黒水仙の美女」の伊志田鉄造役以来の再登場ですが、復讐を逃れて生き残った前回とは異なり、今回は途中で殺されてしまいます。岡田英次は「鏡地獄の美女」で3度目の登場となりますが、3度目も最後に殺されてしまうので、なんだか運がありません。別荘の地下室にはどこかで見たようなコレクションが陳列されており、恐らく宗方隆一郎博士の死後、大河原が買い取ったのでしょう。知らんけど。ちなみに大河原の死後は、高等遊民青木愛之助が金に糸目をつけずに大河原コレクションを買い取ったものと思われます。知らんけど。

大河原の妻・由美子を演じるのは夏樹陽子。こちらも「浴室の美女」以来の再登場ですね。美女シリーズ常連の北町嘉朗もチョイ役で出てきますが、流石に第12作ともなると、再登場率も上がってきます。由美子については後で詳述するとして、岡田英次と同じ回数、美女シリーズに出演した俳優が本作で初めて登場します。後に、『一寸法師』と『盲獣』を組み合わせるという一歩間違えば大惨事となりかねない芸当をやってのけた「白い素肌の美女」で、廃寺の真下で叶和貴子の肉体を模した石膏像のパノラマを密かに築き上げていたマッサージ師・宇佐美鉄心を怪演、美女シリーズ視聴者に鮮烈な印象を残したであろう中条きよしです。日本維新の会比例区で出馬して参議院議員となってから、国会質疑でCDの宣伝をしたり、年金未納が明らかになったりと迷走しまくりのきよし師匠ですが、「エマニエルの美女」では好青年感を醸し出しながら、気鋭の評論家・姫田吾郎役を演じます。まぁ、真っ先に殺されてしまいますが。

大河原邸に招かれる面々は明智、波越、姫田に加え、前述の北町嘉朗演じるテレビ局プロデューサーの讃岐と、大学教授の福本、女優の山村弘子。福本役の草薙幸二郎は本作ではあまり見せ場らしい見せ場がないのですが、後に「五重塔の美女」でタクシードライバーの鶴田正雄役を演じます。霊媒師による霊媒中に突如騒いで飛び出していき、紙幣に火をつけながら徘徊して五重塔で首吊り死体となって発見される、なかなか謎めいた出だしの鍵を握る鶴田役の方が印象に残りますが、詳細は「五重塔の美女」のレビュー時に譲りましょう。

原作では崖から姫田が転落死し、同じく由美子の取り巻きだった青年が密室状態で殺害されますが、それに代わる被害者役は女優の山村弘子。波越は彼女のファンらしく、大河原の別荘でハンカチにサインをねだります。なぜハンカチに。夏樹陽子に脱がせることはできず、この頃になるとヌードダブルも使わなくなっているので、プールで女性が全裸死体となって発見されるというシーンが必要だったのでしょう。一応、大河原由美子が山村弘子を殺害する動機もきちんと説明されているので、制作陣の工夫の跡は窺えます。弘子を演じる吉岡ひとみも劇団出身で棒演技ではないので、不自然さもなくいい感じです。

さて、原作では由美子に惹かれ、とうとう関係を持ってしまい、由美子の日記を盗み見て彼女の秘密に迫ってしまうのは庄司武彦という男なのですが、「エマニエルの美女」ではその庄司はすでに亡くなっており、庄司の言わば代わりとして杉本治郎という男が大河原の助手として付き従っています。演じるのは江木俊夫。元子役で元フォーリーブスのメンバーだそうで、かなり最初期のジャニーズ事務所に所属していたことになります。最近、ジャニーズ事務所はメンバーの退所や故・ジャニー喜多川の性加害報道で騒がれていますが、やはりアイドルは重圧なのでしょう、江木俊夫覚醒剤取締法違反で検挙歴があります。ついでに言えば、「黒水仙の美女」で伊志田一郎役を演じた北公次も元フォーリーブスのメンバーで、こちらも覚醒剤取締法違反での検挙歴あり。アイドルに限らず、タレントの休養もこの頃多いですが、やはり身を削る仕事なのかなと思う次第。子役出身の故・三浦春馬さんのような痛ましい自死を遂げる例が一つでも減ることを祈るばかりです。

さて、明智は姫田吾郎の転落死を、マネキンを使った偽装によるアリバイトリックと見抜きますが、このマネキンの出所であるマネキン屋を演じるのは茶川一郎。この茶川一郎も「白い乳房の美女」ではチンドン屋、「湖底の美女」ではホテルの支配人と、ちょいちょい美女シリーズに登場しています。天知茂が、宅麻伸をはじめ弟子や同事務所の役者を頻繁に自身の出演作に登板させていたというエピソードは有名ですが、言わば天知茂一家でなくとも、美女シリーズに何度もお呼びがかかる役者はいたようですね。長寿のシリーズともなると、気心が知れている面々で臨みたいという心理の表れかも知れません。

さて、由美子とともに本作の鍵を握るのが大河原義明役の岡田英次です。由美子は巧妙に、義明が庄司、姫田、山村を次々と殺害していった首謀者であるかのように、自身の日記をも使って誘導していきますが、義明も結局由美子の手によって、彼のコレクションであるギロチンで首を刎ねられて死ぬ羽目に。「天国と地獄の美女」では、青木愛之助邸のギロチンをうっかりいじった波越が刃を落としてしまい、マネキンの首が切断されるというシーンがありましたが、今回は本当に大河原の首が刎ねられてしまいます。命が惜しければ自宅にギロチンなど飾るものではありません。

原作同様、「エマニエルの美女」においても特筆すべきはやはり、大河原由美子の異常な殺害動機でしょう。愛する者を衝動的に殺害してしまう由美子の性癖は、狂気と恍惚を交錯させながら「美しいものを美しいまま保存したい」と語る黒蜥蜴にも通ずるものがあるのかも知れません。由美子は由美子で、風呂で杉本を誘惑しておいて杉本を湯舟に沈めて殺害しようとするのですが、黒蜥蜴もターゲットを剥製にするにあたってプールに沈めていました。溺死はあまり美しくありません。杉本は結局間一髪のところで助け出されるのですが、湯舟で誘惑されて溺死させられそうになるなど一生のトラウマです。二度と風呂に入れなくなりそうです。

変装を解き、由美子が最後は自殺する、という結末はいつものパターン。ストーリーとしては全体的に月並みなのですが、やはり動機の異常性が際立つので印象に残ります。とはいえ、美女シリーズの場合、原作の動機が改変されて結果的にトンデモな理由になっていることもあるので、『化人幻戯』の肝の部分がある意味ちょっと薄らいだような気がしないでもありません。ちなみに後年、「乱歩R」では義明を布施明が、由美子を魔性の女、葉月里緒奈が演じており、こちらもなかなかはまり役と言ってよさそうです。

本作のみどころ:由美子を何度も脅えさせる、いかにも作り物ですという出来栄えのカマキリ

江戸川乱歩の美女シリーズ「黄金仮面Ⅱ 桜の国の美女」を観る

黄金仮面、3年振りの再登場。冒頭から明智小五郎自身によるモノローグが入る辺り、気合の入りようを感じます。黄金仮面の初登場作「妖精の美女」での野平ゆきの乳首ポロリというサービスも交えながらストーリーを丁寧に説明しつつ、黄金仮面が再び東京に現れて、白銀弥之助所蔵のルノアールの「裸婦」が狙われるところからストーリーは始まります。今回はパリ警視庁から大月ウルフ扮するジェラール・アベ警部が来日。ジェリー伊藤演じるジョルジュ・ポワンの再登場を期待したかったですが、残念。きっと波越警部がジョルジュ・ポワンをドカンと言い間違えて、しまいには舌を噛んでしまいそうだからという配慮でしょう。

いつものように手伝いを頼みに明智探偵事務所へやってくる波越警部。出迎える文代と小林芳雄がなぜか茶色のジャケットに白のタートルネックでペアルック、明智も白のジャケットに黒のタートルネックと服装は同じです。明智探偵事務所はタートルネックにジャケットが制服なのでしょうか。明智にも黄金仮面から手紙が届いており、明智も出馬する気満々です。こんなに事件が起きて乗り気の明智も珍しいのではないでしょうか。これが静養中となると、全力で犯罪に関わることを拒否するのですから、探偵稼業が好きなのか嫌いなのかよくわかりません。明智と波越はジェラールを空港で出迎えて、ルノアールの「裸婦」を展示しているニュー白銀ビルに向かいます。折しも記念祝賀パーティーを開くそうで、黄金仮面を盗みにいらして下さいと招待しているようなものですが、やたら呑気な波越に対して、明智とジェラールは黄金仮面が必ず今日やってくると確信している模様。テレビに白銀弥之助の娘・花子が映るのを見て「サクラ…」とつぶやくジェラール。伏線の匂いがプンプンします。におうな、におうな~by波越。

ニュー白銀ビルで祝賀パーティーが始まる頃、絵画の展示はそろそろお開きということもあって警官隊が最後の見回りにやってきますが、波越警部、「パーテー会場」と小文字が発音できていません。さすがは昭和ひとケタ生まれの荒井注が演じているだけのことはあります。一方、呑気に白銀の娘・花子に絵画の解説をしてもらおうという秘書の浅沼由貴が展示室にやってきますが、パーティーが始まろうというのに主催者である白銀の秘書がなぜこんなところで油を売っているのでしょうか。この時点でだいぶ怪しいのですが、そこへ黄金仮面が乱入して花子と浅沼を人質に取り、さらにジェラールをピストルで撃ちます。明智に「君の手口はいつの間にか銀行ギャング並みに成り下がったな」と皮肉られますが、なるほど、まるで襲撃の方法に品がありません。そもそも、美術品泥棒の黄金仮面が、絵の飾ってある部屋で発砲するというのはアリなのでしょうか。流れ弾が絵画に命中してしまうかも知れないのに、どうにも美術品を愛するロベールらしからぬ蛮行です。

黄金仮面はニュー白銀ビルの屋上へ逃走し、隣のビルとの間にロープを渡して軽業師よろしく綱渡りを始めます。ロープを渡す作業をしている間、追っている小林も警官隊も物陰から指をくわえて見ているだけですが、ここで取り押さえてしまっては話にならないので、そんなツッコミは野暮というもの。実はこの綱渡りは10万円で雇われたスタントマンのアルバイトで、本物の黄金仮面=ロベールは、撃たれて病院へ搬送されるジェラールとともに救急車に乗り込み、救急隊員を脅して逃走します。ジェラールの手当てが遅れることも厭わず、明智の言う通り手口が荒っぽくなっています。スタントマンを取り押さえた明智は救急車の存在に気づき、慌てて追いかけますが間一髪、女が運転する車に乗り換えて黄金仮面は逃走してしまいました。

絵を盗まれて波越相手にぷりぷりする白銀弥之助のところに、オーシャン保険の調査員・高田レイコがやってきます。その後、高田は明智の事務所にも押しかけ「黄金仮面の共犯者はもうわかっている」と豪語し、あろうことか明智に挑戦します。共犯者が誰なのかを言わない辺り、それを言う前に口を封じてくれと言わんばかりなのですが、高田の不遜な態度におかんむりの文代と小林。それでいて「いつかは先生を出し抜きたい」「僕だって先生を出し抜く夢ばかり見る」と分不相応にも明智へのライバル心を剥き出しにする文代と小林ですが、当の明智から「そして目が覚めたら叱られてばかりだろう」と突っ込まれ「その通り」とテヘペロ。なかなかいいトリオです。やはり、天知茂・五十嵐めぐみ・柏原貴・荒井注のカルテットで美女シリーズは最後まで制作されるべきでした。五十嵐・柏原を降板させ、高見知佳と小野田真之に交代させてしまったことは美女シリーズ最大の躓きです。

一方、入院中のジェラールを甲斐甲斐しく看病する白銀花子。演じるのは古手川祐子、最近あまりお見かけしませんが、「古畑任三郎」で恋人役の羽場裕一を撲殺する精神科医・笹山アリ役が印象的です。ジェラールはすっかり花子に惚れてしまったようですが、花子に恋人がいると聞いて見るからに残念そうな顔をします。見舞いに訪れた明智は花子に事件当日の行動を確認し、そのやり取りを病床で聞いていたジェラールは明智が、黄金仮面の共犯者は浅沼由貴であると考えているのだろうと指摘。その浅沼由貴は屋上で、調査員の高田レイコから「あなたが黄金仮面の部下だろう」と詰め寄られ、なぜか「私は明智小五郎と張り合っている」という謎のドヤりまで聞かされて、動揺しています。高田はさらに波越警部のところへこのやり取りを電話で報告してきたそうで、波越からそれを聞かされて「危ない」と眉間に皺を寄せる明智。その頃、乳首をご開帳してシャワーを浴びている高田のところへ黄金仮面が現れ、案の定ナイフでメッタ刺しにされてしまいます。お気の毒としか言い様がありませんが、明智も警察も明らかに浅沼由貴を共犯者と疑っているというこの状況で、高田の口を封じることに一体どれほどの意味があるというのでしょうか。「黄金仮面は盗みはするが殺しはしない」という設定くらい、黄金仮面一味ならば臨時雇いの身であっても知っておいてほしいものです。

さて、30分ほど経っていよいよ花子の恋人でピアニストの佐伯清二役、詫摩繁春こと宅麻伸が登場しますが、父の弥之助は銀行頭取の息子とお見合いをさせようとしてしまいます。大島不二子の二の舞になりかねないので、あまり縁談を無理強いしない方がよいと思いますよ、弥之助さん!さらに、弥之助のところに再び黄金仮面から手紙が届き、今度は伊東の別荘にあるゴッホの絵「はね橋」を盗むと予告してきます。この時点でどう見ても絵も娘も黄金仮面に搔っ攫われる、哀れな大島喜三郎と同じ轍を踏みかねないとしか見えません。危うし、白銀弥之助。「愛は何よりも強く、何よりも勝るものです」と言い、お見合いなんてとんでもないと猛反対して、黄金仮面からの予告状を理由にお見合いの日程を延期できないかと無茶なことを言い出すジェラール、さしもの明智も「随分と花子さんの肩を持ちますね」と苦笑いせざるを得ません。

そして、事件の舞台は伊東の白銀美術館に移ります。「ゴッホにあるはね橋ってのはこれですか。大した絵じゃないんだよねぇ。何で黄金仮面がこんなもの欲しがるのかなぁ」と相変わらず捜査能力、デリカシー以外にもいろいろ足りないことを自ら開陳していくスタイルの波越警部。ジェラールも肩をすくめ、白銀弥之助と顔を見合わせて苦笑いするしかありません。「はね橋」は明智が手配した複製画とすり替え、本物は小林が銀行の貸金庫へ運びますが、黄金仮面がこの程度のすり替えを見破れないとは到底思えません。一方、黄金仮面からの電話で佐伯清二とは別れ、弥之助が勧める縁談を受け入れるよう脅される花子。「何の関係があるの」と泣き崩れますが、こればかりは花子の言う通りです。不二子を喪って気が変になってしまったのか、恋仲を無理矢理裂こうとする黄金仮面、不二子ロスによるメンヘラとしか考えられません。他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、とはよく言ったものですが、黄金仮面も馬に蹴られた方がよさそうです。

黄金仮面は防犯装置をあっさり突破して「はね橋」を持ち出してしまいます。防犯装置が脆弱すぎます。文代と小林はバイクに跨り、黄金仮面の逃走を今か今かと待ち受けますが、そこへやってくる佐伯清二。花子への面会を求める佐伯に、ジェラールが「花子さんに会わせてあげます」とお見合いぶち壊し宣言をし、「親切ですねぇ、フランス人は」と明智はニヤリ。そこへ警官が倒れているという報告が入り、明智、波越、ジェラールが「はね橋」のもとへ駆け付けると、絵はさっき黄金仮面が持っていってしまったので、もちろん影も形もありません。やってきた白銀弥之助に波越は平謝りしますが、盗まれたのは複製画だからと鷹揚な白銀。しかし、明智はなぜか「はぁ」とやや浮かない顔です。おい、まさか「敵を欺くにはまず味方からだよ、小林君。フッ」とか何とか言って、実はすり替えていなかったんじゃないだろうな!?

黄金仮面は花子と逢引き中の佐伯を殴り、花子を拉致して浅沼由貴が運転する車で逃走。文代と小林はバイクで追いかけますが、追跡に感づかれると小林の新兵器、30分ごとに石灰が落ちる装置を黄金仮面が乗る車に仕掛けます。「少年探偵団」のエッセンスまで取り入れるとは、美女シリーズ制作陣もなかなか考えたものです。装置がちょっとデカ過ぎて、あっさり気づかれてしまいそうですが、「はね橋」と花子を手に入れることに夢中でそれどころではない黄金仮面は全く気づかなかったようです。そして案の定、仲間割れしそうな黄金仮面と浅沼由貴。「この世で愛しているのはお前だけだ」と仮面を脱いで素顔をさらしたロベールは浅沼に言いますが、不二子はどうしたのでしょうか。死んだからといってあっさり乗り換えるとは、ロベールの不二子への想いなど所詮はこの程度のものだったのかと思わずにはいられません。不二子も「キャーッ、ロベールさんのエッチ!」としずかちゃんのようにロベールに水でもぶっかけた方がよさそうです、何しろ入浴シーンで有名な由美かおるですから。

隠れ家で、ギターを弾いて過ごすロベール。小林の新兵器で隠れ家を突き止められていることなど知らずに呑気なものです。ロベールは「早くフランスへ帰って静かに暮らしたい」と弱気なことを言いますが、ならばどうして3年振りに来日したのでしょう。浅沼由貴を前に弱々しい心境を吐露するロベールですが、まんまと黄金仮面に変装した明智に隠れ家へ踏み込まれてしまいます。浅沼由貴といちゃついている間に警官隊にまで突入され、明智から偽者なんじゃないかという疑いまでかけられてしまう黄金仮面。何を言っているんですか、明智先生、さっきまで素顔をさらしていたのは明らかにロベールですよ。偽者だなんてそんなはずは。ところが黄金仮面は頑としてマスクを取らず、盛大に窓を突き破って逃走します。まるで「黒水仙の美女」の黒い影が、次女の悦子を浴室で殺害する時にすりガラスを盛大にぶち破って押し入った時のように。

逃走しながら派手に発砲する黄金仮面、お前そんな乱暴な奴だったか?確かに明智の推理も当たっているような気がしてきます。吊り橋の上で挟み撃ちにされてしまった黄金仮面は格闘の末、ロベールの素顔をさらされ、一度は明智を突き落としかけますが、ジェラールに撃たれて海に落ちてしまい、「まるで石榴」と波越警部に言われるほど悲惨な状態の死体となって発見されます。好敵手を喪い、ちょっと悲しそうな明智。それにしても、顔がひどく損傷し、眼球が飛び出してしまっている、第1作「氷柱の美女」の菅貫太郎演じる岡田仮面に勝るとも劣らないグロテスクな死体をよく登場させられたものです。今ではコンプライアンスに間違いなく抵触するでしょう。帰る途中の明智は浅沼由貴を拾い、車内でロベールの変貌を浅沼に語ります。ところが、明智は浅沼にピストルを突きつけられて車を海に突っ込まされる羽目に。黄金仮面を手伝うわ高田を殺すわ明智を道連れにするわ、「妖精の美女」の大島不二子に匹敵する、最後の最後までとんでもない女です。

ジェラール帰国の日、花子が佐伯を連れて見送りにやってきます。弥之助も諦めて、花子と佐伯の仲を許したそうです。しかし、ジェラール、ここで帰国してしまって本当によいのでしょうか。なぜなら、ドラマはあと30分ほど尺が残っているからです、などとメタ的なツッコミをしてはいけません。白銀弥之助までロベールのように人が変わってしまったのか、花子と佐伯の結婚を許しただけでなく「はね橋」を教会に寄贈すると言い出しました。一体どうしちゃったというのでしょう。一方、明智不在の事務所では相変わらず文代と小林が明智の写真を見ながらクヨクヨしています。そこへ訪ねてきた波越警部、何と黄金仮面から、教会に寄贈される「はね橋」を盗むという予告状が届いたと言うのです。ロベールは死んだはずなのに、と首を傾げる文代に「イタズラだろう」とやはり能天気な波越。死んだロベールが替え玉だったとか、少しは考えないのでしょうか。これでよく天下の警視庁勤務が務まるものです。そして、「はね橋」を運ぶためにやってくるガードマンと、頬に大きな傷跡のある運転手。後者はどう見ても明智の変装です、それ以外考えられない。

さて、実はガードマンが黄金仮面一味で、運転手はピストルを突きつけられて車ごと大型トレーラーの荷台に吸い込まれてしまいます。映画「007は二度死ぬ」で、宇宙空間でスペクター一味の宇宙船に拉致されるロケットをオマージュしているのでしょうか。ほとんど何の見せ場もない波越警部ですが、ここへきて捜査の神が急に降臨したのか、トレーラーが怪しいと気づきます。文代と小林も一度はあっさりトレーラーを見過ごしてしまいましたが、慌てて追跡。一方の黄金仮面一味は佐伯、花子、運転手を拉致しますが、ここでもやけに乱暴です。山道をエッチラオッチラ歩いていく黄金仮面一味と人質の皆さん、いくらなんでもシュール過ぎないでしょうか。実はその中に首領はおらず、隠れ家で待機しているのですが、「妖精の美女」では石仏を盗品の倉庫にしていた黄金仮面、今度は洞窟を塒にしているようです。佐伯と運転手を縛り上げると、黄金仮面は花子を連れて日本を離れると言い出し、手下たちに餞別のつもりなのか札束を配り始めます。お前は前澤友作か!

そこへ踏み込んでくる波越警部以下警官隊。なおも逃げようとする黄金仮面ですが、運転手が唐突に「明智は死んじゃいない」と言い出してネタばらし。今回も盛大に糊が残っています。「黄金仮面同様、明智小五郎も不死身だよ!」と大見得を切る明智、それならもう死んだフリをする前に「これからしばらく死んだフリをするよ」と文代にだけは教えておいてあげてほしいものです。そして何と、黄金仮面のマスクの下はジェラール警部。さらに素顔を見せろと明智はジェラールに迫り、吊り橋から落ちて死んだロベールは精巧なダミーであると言って、国際秘密探偵機構パリ支部に依頼して取り寄せたというレントゲン写真を持ち出してきます。国際秘密探偵機構とか、「死刑台の美女」に登場する世界犯罪学会とか、伊吹吾郎は妙な組織がついて回る星の下に生まれついているようですね。

「ロベール。花子さんに邪な愛を抱くとは、破廉恥過ぎないか!?」とロベールに説教を始める明智ですが、美女シリーズ自体わりと破廉恥なドラマなので、これは天に唾しているような気がしないでもありません。ロベールによって明かされる不二子の死。交通事故で亡くなったという、あまりにも呆気なさすぎる顛末です。しかし、最愛の不二子が死んだからと言って不二子に代わる女性を見つけるために再び黄金仮面となって来日したというのは、東南アジアへ買春をしに行く日本の中年男と変わらないのではないでしょうか。明智が言うように、確かに破廉恥と言われても仕方ありません。花子には清二という相手がいる、花子が好きならば不幸にはできまいと迫る明智に「清二君以上に私は花子さんを幸せにしてみせる」と何の根拠もなく自信満々な宣言をし、逃走するロベール、やはり不二子の死を引き金にしておかしくなってしまったとしか思えません。ボートで逃走するロベールですが、傍らの花子は「清二さーん!」と助けを求めるばかりで、まるでロベールに振り向く気配がありません。もはや紳士盗賊でも何でもない、暴走する横恋慕モンスターになり下がってしまい、明智にも拡声器で「ロベール!この2人の声が君には聞こえないのか」と叱られる始末です。「妖精の美女」同様、最後はヘリコプターでおさらばしようとする黄金仮面ですが、最後まで花子には拒絶され続け、明智にも「愛は何よりも強く、何よりも勝ると言ったのは誰だ」とジェラールとしての過去の発言で揚げ足を取られてしまいます。明智先生、レスバは2ちゃんねるの方でお願いします。

「若い2人の愛を断ち切る、それが黄金仮面のやることか!」といつになくネチネチと黄金仮面を責め立てる明智。花子もさっぱり自分になびかないので、とうとうロベールは諦め、「はね橋」を持ってヘリコプターへ逃げていきます。絵は持っていくんかい。「花子さん、すまなかった。お幸せに」と最後に言葉をかけますが、散々酷い目に遭わされた花子にしてみればいまさら「お幸せに」などと言われても余計なお世話でしかありません。むしろお前のせいで遭わなくてもいい不幸せな目に遭っています。海上を離れ、飛んでいくヘリコプターとともにエンドロール。

「黄金仮面はきっとまた挑戦してくる。今度こそ、勝負だ」と明智は空を見上げて文代に宣言しますが、残念ながら黄金仮面との3度目の対決は実現しませんでした。よかったような、悪かったような。でも、もしも天知茂が存命だったら、第26作以降で「黄金仮面Ⅲ」が制作されていたのかも知れません。とはいえ、藤吉久美子と小野田真之が脇を固める晩年の明智で、黄金仮面との対決が見たいかと言われると、少し躊躇せざるを得ないのが偽らざる心境です。

本作のみどころ:匍匐前進ができれば簡単にすり抜けられる白銀美術館の防犯装置

江戸川乱歩の美女シリーズ「大時計の美女」を観る

のっけから白髪のざんばら頭を振り回してケケケケ、ケケケケと不気味な笑い声を上げるバアさんの幽霊に度肝を抜かれます。口の周りについている肉片でグロテスクさも一入。幽霊に脅えるのは時計屋敷の主人、児玉丈太郎。シャツの胸元を大胆に開けて、いかにも遊び人風の外見です。若き日の横内正がどうにも渡辺いっけいに見えてしまうのは気のせいでしょうか。幽霊はどうやら児玉の育ての母のお鉄バアさんこと長田鉄であるらしく、児玉は妙に脅えています。まぁ、幽霊を見て脅えない人間もいないか。

明智小五郎はそんな児玉に幽霊の正体を突き止めてくれと依頼され、三浦半島にある時計屋敷まで児玉の車に乗っていそいそと出かけていきます。明智先生、幽霊退治がちょっと楽しそうな感じ。「黒水仙の美女」でも妙にウキウキで伊志田家の屋敷に泊まり込んでいたところからして、明智は幽霊に関心が強いのかも知れませんね。児玉が所有する時計屋敷の大時計は随分前から動かなくなっているにもかかわらず、児玉が幽霊に遭遇した夜には動いていたというのです。「幽霊は時計を動かせるのか…」と渋く独り言をつぶやく明智。幽霊がキコキコと捩子を巻いて時計を動かす姿を想像すると、怖いというよりも滑稽に思えます。時計屋敷の住人は児玉に加えて児玉の妻の夏代と、口を利くことができない使用人の岩淵甚助。恐らく原作『幽霊塔』の肥田夏子と岩淵甚三に由来するのでしょうが、夏代はペットの猿を飼っておらず、甚助も養虫園を営んではいません。夏代は時計屋敷の元の持ち主、渡海屋市郎兵衛の隠し財産を狙って散々児玉に貢いでいたそうなので(本人談)、強いて言えば夏代のペットは児玉なのかも知れません。後半で児玉に殺されてしまうので、ペットに殺されるとは夏代も不憫です。こういうのも飼い犬に手を噛まれると言うのでしょうか。それにしても、甚助の顔の凸凹は一体なんなのでしょう。これは皮膚病なのでしょうか?時計屋敷から車でちょっと距離はありますが、百草園というところに股野礼三という整形手術の名人が住んでいて、口が利けないはずの甚助がよく股野と電話をしているので、知り合いのはずなのに。使用人の顔を整形してあげても一銭にもならないという股野なりの損得勘定でしょうか。ヤミ医者でありながらなかなかの商売人です。演じる人は同じでも、芸術を追求するあまりアパートで貧乏暮らしの氷柱アーティストとは一味違いますね。

本作のメインゲストは結城しのぶ演じる野末秋子。どうやら時計屋敷の大時計の動かし方を知っていたようです。普段は三崎の町のレストランでピアノを弾いています。アクセントは銀の腕輪、否応なくお鉄バアさんの養女、和田ぎんを想起させますね。

さて、そもそも本作は北野武監督のアウトレイジ並みに「登場人物、全員悪人」と言っていいでしょう。時計屋敷の主人、児玉はお鉄バアさん殺しの真犯人で、妻の夏代や元恋人のアケミ、使用人の甚助も殺害。夏代は夏代で、財産目当てで明智までも誘惑しようとします。弁護士の黒川とヤミ医者の股野も時計屋敷の財宝狙い。児玉に殺される甚助にしても、口を利けないというのも嘘であるうえに、黒川と股野の命令で時計屋敷に住み込んでスパイをやっていたのであまり同情はできません。野末秋子こと和田ぎんは一服の清涼剤です。

そして、お待たせいたしました。ヤミ医者の股野礼三は皆さんご存知、美女シリーズの記念すべき第1作「氷柱の美女」で鮮烈な印象を残した、自称犯罪芸術家にして気鋭の氷柱アーティスト・谷山三郎巨匠役を熱演した松橋登です。ハリウッド女優みたいなデカいサングラスで顔を隠していたり、今回も胡散臭さ満点。自身が営んでいる百草園に明智が踏み込んでくると、黒川が明智を油断させている隙に物陰から毒矢を放ち、明智を監禁して、明智が時計屋敷の中で見つけた渡海屋市郎兵衛の隠し財産の在処を示唆する文書を奪ってしまいます。そんなもの持って出歩くなよ明智

股野と共謀して明智を監禁する、脚が不自由で杖をついている黒川弁護士を演じる根上淳は「妖しい傷あとの美女」で小山田六郎役として再登場。小山田はSM趣味で妻の静子を夜な夜な鞭で叩いているばかりか、親王塚貴子演じるSMクラブで胸に蝋燭の蝋を垂らされてアンアン喘いで喜ぶ女を秘書兼愛人として囲っている変態紳士ですが、本作では児玉に時計マニアの野末秋子を引き合わせる重要な役どころです。股野と組んで和田ぎんを書類上葬り、整形を施して野末秋子という名前を与え、児玉に取り入って時計屋敷の元の持ち主、渡海屋市郎兵衛の隠し財産を虎視眈々と狙っています。名優・根上淳、良い人そうに振る舞っているのにどう見ても悪徳弁護士にしか見えないところがいい。美女シリーズで、脚が不自由で杖をついている人は大体悪人です。この黒川然り、「化粧台の美女」で山本學演じる黒柳肇博士然り。

次はお鉄バアさんの生前に時計屋敷でお手伝いをしていた赤井トキ子。アケミと名乗って時計屋敷に現れ、夏代を目の前にして児玉にすり寄ります。どうやら元恋人らしいのですが、このアケミの棒演技たるや。波越警部の推理力ですら、一瞬で裸要員と見抜けることでしょう。アケミはなぜか、野末秋子が赤井トキ子であると言い張りますが、その後、墓地で白装束の怪人物に撲殺されてしまいます。なぜか死体の服の胸元がはだけて、トップレスなのはご愛嬌。そうしないと視聴者が満足しないからという大人の事情でしょう。

さて、原作『幽霊塔』と共通する部分もあると言えばあるこの「大時計の美女」ですが、前述のとおり、名前こそ児玉丈太郎であるものの原作とはかけ離れている横内正演じる児玉を、何と犯人にしてしまうという荒業を見せてくれます。名前は児玉ながら、実際はお鉄バアさんの養子・長田長造のキャラクターに近いものがありますが、それにしてもこの「長田長造」という名前のやっつけ感。児玉は、実は甚助の口が利けることを知り、庭の小屋に潜んで、小屋に入ってきた甚助の首に縄をかけると滑車で吊るし上げ、誰の指示で動いているのかを吐かせにかかります。甚助とて、さしたる恩はないのかあっさり「く…黒川…」と黒川弁護士の名前を言ってしまい、「なに、黒川!?」と驚いた勢いなのか、もともと殺す気ではあったのか、とうとう児玉は甚助を縊死させてしまいました。気の毒な身の上を憐れんで可愛がってやったのに恩を仇で返しやがって!と甚助に怒り心頭で首を絞める児玉ですが、お前言うほど可愛がっていたか?単に小間使いとしてこき使っていただけちゃう?

終盤、時計屋敷にいる児玉と野末秋子のところへ黒川と股野コンビも現れ、遂に児玉も野末秋子の正体、つまり彼女が和田ぎんである事実を知ることに。ところが、そこに死んだはずの甚助が現れ、早くも児玉はビビりまくります。さらに、甚助がお鉄バアさん殺しの真相まで雄弁に語り始めると、黒川と股野も「甚助は昔のことまでは知らないはずだ!」と動揺。やはり、妙に能弁な甚助の正体は明智の変装でした。顔に凹凸のある甚助マスクは特注なのでしょうか。児玉を脅かすために現れたお鉄バアさんは文代の変装で、白髪に白装束の変装を解いた文代もなぜか得意げです。

殺したはずの甚助が目の前に現れるわ、トキ子と甚助の殺害を暴かれるわ、幽霊にビビるわで半ばパニックを起こしていた児玉は、財産の隠し場所の洞窟に通じる穴に落ちて死んでしまいます。杖をついている黒川もなぜか敏捷な動きで穴に飛び込み、穴から出られなくなってミイラ化してしまった渡海屋市郎兵衛の亡骸と、渡海屋を取り囲んでいる隠し財産を発見して股野とともに大喜び。君らに所有権はないはずなんだけど、落とし物と同じで隠し財産も発見者が1割もらえるのでしょうか。しかし、穴は1時間後に再び閉じられてしまいます。財産を持ち出す余裕もないまま、穴の中に閉じ込められて渡海屋のように朽ち果てるか、出てきて手錠をはめられるか選ぶよう波越警部に迫られてしまい、黒川と股野はあえなく御用に。和田ぎんを野末秋子として生まれ変わらせる整形の技術をもっと有効活用していればよかったのに。というか、しつこいようですけどまず甚助の顔を治してやれよ。

原作『幽霊塔』は『白髪鬼』と同様、黒岩涙香による翻案をさらに江戸川乱歩がアレンジしたという経緯があり、ポプラ社ジュブナイル『時計塔の秘密』まで出ていますので、アリス・マリエル・ウィリアムソンの『灰色の女』から数えると、四段階も改変されているというある意味異色の作です。ちなみに宮崎駿は「ルパン三世 カリオストロの城」の源流もこの『幽霊塔』にあると語っているそうで、乃木坂太郎による漫画『幽麗塔』まで含めれば、乱歩作品としてはかなり派生的な影響を与えた作品と言えるかも知れませんね。

この「大時計の美女」では、珍しくメインゲストの美女は死なずに済みます。名誉を回復した野末秋子こと和田ぎんは、外国でピアノを勉強し直すのだとなぜか崖の上で明智に語ります。児玉は死亡、黒川と股野は逮捕され、これにて一件落着、めでたし、めでたし。美女シリーズにしては珍しく後味の悪くない一作です。

本作のみどころ:お鉄バアさんの幽霊が口にくわえている和田ぎんの手首の肉片

江戸川乱歩の美女シリーズ「赤いさそりの美女」を観る

サソリです、サソリ。実物はそんなに赤くない場合が多いですが、あのシルエットがちょっと不気味なんですよね。不気味さのせいか、ミステリで取り上げられることも多く、金田一少年の事件簿でも『銀幕の殺人鬼』で「サソリ座の惨劇」という高校生の自主制作映画をモティーフにした見立て殺人が描かれています。あと「どうぶつの森」でサソリに刺されると気絶して家の前に戻されるのがちょっとイラッとします。

閑話休題。「赤いさそりの美女」の原作は『妖虫』で、これも骨格は原作に比較的忠実なのですが、動機の面がかなり改変されています。これはある意味当然のことで、原作では家庭教師の殿村京子が自らの容貌の醜さゆえに嫉妬心から若く美しい女性を惨殺していくわけですが、「赤いさそりの美女」では殿村役に宇津宮雅代を起用しているので、さすがに原作のまま、宇津宮雅代に当てはめるわけにはいかなかったのでしょう。とはいえ、宇津宮雅代は結婚・離婚歴が二度あり、最初の夫は西岡徳馬、次の夫は故・三浦洋一、どちらもあまり幸せな結婚生活とはならなかったようです。確かに殿村役の宇津宮雅代を観ていると、美貌の中にどこか陰を背負っているかのような印象を受けますね。ちなみに三浦洋一宇津井健主演の「さすらい刑事 旅情編」に出演していて、再放送をよく観ていた記憶があります。妹思いの刑事役だったような気がしますが、実物は少し違っており、宇津宮雅代との離婚も三浦洋一の暴力が原因だったという話もあるようです。

さて、「赤いさそりの美女」は前述のように動機面が大幅に改変されているものの、殿村が読唇術で犯行を察知する(まぁ、これは自作自演のお芝居なのですが)という振り出しは原作に沿っています。物騒な独り言をつぶやく怪しい男と、映画の撮影中にもかかわらず慌てふためいて、そのまま帰ってしまう「燃える女」の出演者・吉野圭一郎。その夜、主演女優の春川月子とともに空き家で惨殺され、殿村と相川守たちがそれを目撃するという、ここはなかなか工夫して原作にあわせていると言えましょう。しかし、ただ原作を踏襲するだけでなく、なぜか現場に小銭が落ちているという謎を追加してきました。美女シリーズ制作陣、なかなか遊んでいますね。

さらなる遊びが見られるのは、捜査に加わった明智小五郎の偽者が登場し、本物の明智や殿村京子を監禁してしまう場面。偽者の明智がどうやって深夜の明智探偵事務所に侵入したのか、どうやって事務所が入るビルの地下室に明智たちを監禁できたのか、謎は深まるばかりですが、明智の顔をしているのに邪悪さを見せる偽明智を演じる天知茂の振る舞いは見事としか言い様がありません。ブレイクするまでは悪役俳優で、自身は不満を持っていたという天知茂ですが、正義の味方しかできないわけではない演技の幅の広さを改めて感じさせてくれます。改めて、54歳での夭逝が惜しまれてなりません。

そして、犯人に斧で襲われて負傷し、入院した明智の病室を宇津宮雅代演じる殿村が訪れて甲斐甲斐しく世話を焼き、アゴで使われることに文代がヘソを曲げてしまうという小憎らしい場面も用意されています。確かに、急に乱入してきた女に果物を切るよう言われれば、文代だって怒るのも当然です。明智先生、いつまでも文代さんを弄んでないで、文代さんの気持ちに応えてあげて下さい。

もともと「燃える女」の主演は春川月子、相川守の姉である相川珠子、守の婚約者の櫻井品子と、モブ2名の計5名で争われていたわけですが、映画の主演をめざしたばかりに惨殺されてしまうのだから、あまりにも代償が大きすぎるというものです。しかも、彼女たちに非があるわけではなく、どちらかと言えば非があるのは殿村の元夫である吉野圭一郎の方なので、彼女たちは完全なる巻き添えでしかなく、この辺りは少し動機に無理があると言わざるを得ません。殿村の本名は匹田富美といい、新婚旅行で体にサソリの形をした痣があることを夫の吉野に知られ、そのために吉野に捨てられたことが動機の根底にあるわけですが、原作と異なる動機を用意しなければならないという事情があったとはいえ、無理筋の動機を設定しなければならなかった美女シリーズ制作陣の苦労がしのばれます。ちなみに、犯行現場に落ちていた230円分の小銭は「富美(23)」を意味しています。なぜ23円ではダメなのかと突っ込んではいけません。たまたま手持ちがなかったのでしょう、きっと。

中盤から殿村の実父・匹田博士も登場。演じる入川保則は「五重塔の美女」にも登場しますが、本作では顔に火傷の跡が残る、いかにも怪しげな存在として描かれます。警察は、サソリなど危険な虫を飼育する匹田博士の研究所によく出入りしている男は博士の助手の狩野五郎であり、この狩野が一連の事件の犯人であると疑いますが、実は匹田博士はすでに死亡しており、博士は狩野の変装。研究所によく出入りしていた男というのは、実は殿村、つまり匹田富美の男装でした。冒頭の春川月子と吉野圭一郎が空き家で惨殺される際、相川守らとともに殿村も犯行を目撃できたのは、匹田博士に変装している助手の狩野が殿村の共犯者だったために可能だったというわけです。

さて、匹田博士の研究所で犯行を暴かれると、殿村こと匹田富美は観念して、自殺してしまいます。前作「悪魔のような美女」、前々作「宝石の美女」に続いて、またしても自殺です。明智先生、ちょっと手落ちが多すぎるのではないでしょうか。というか、最後は自殺という結末のつけ方に美女シリーズ制作陣が味をしめてしまったかのような印象さえ覚えます。

原作『妖虫』は明智小五郎が登場せず、老探偵・三笠竜介が言わば代わりを務めます。ポプラ社版のジュブナイル『赤い妖虫』では探偵役が明智に書き換えられていますが、三笠のセリフをそのまま明智に置き換えているので、若干の違和感があります。が、何よりも鮮烈な印象を残したのは、ポプラ社版特有のちょっと独特な挿絵。原作では、自らの容貌が醜いだけでなく、生んだ子に障碍があり、いわゆる小人症だったというのがトリックの肝の一つになっています。その子の挿絵が何とも不気味なので、是非図書館で探してみて下さい。現代では障碍者をトリックに使うなど、まず許されないご時世、江戸川乱歩見世物小屋好きが凝縮されています。そんな原作に比して、「赤いさそりの美女」はやや、インパクトに欠けると言わざるを得ないでしょう。動機面の不自然さといい、美女シリーズも9作目を数えてちょっと息切れしてきたのかな、と心配になる1作です。

本作のみどころ:押しかけ女房のような殿村京子にアゴで使われて怒る文代のイライラ

江戸川乱歩の美女シリーズ「悪魔のような美女」を観る

江戸川乱歩の美女シリーズ全25作中、「~のような美女」と表題がついているのは本作のみです。確かに「悪魔の美女」ではちょっと語呂が悪いので、「悪魔のような美女」としているのは正解でしょう。ちなみに「~の美女」でないのは本作と「魅せられた美女」だけです。原作は『黒蜥蜴』ですが、SFの要素をプラスしたことでどこかチープな印象が拭えなくなってしまった『猟奇の果』の白コウモリ団と違い、黒蜥蜴一味はリアルに凶悪な犯罪者集団です。「美しいものを美しいまま保存したい」というのが黒蜥蜴の美学なのだそうですが、そんなトンデモ動機で殺される方はたまったものではありませんね。「ちびまる子ちゃん」で、誘拐事件が多発しているという話を聞いて、身代金の用意もままならないであろうさくら家の父ヒロシが「貧乏でよかったなァ、おい」と自分の甲斐性のなさを棚に上げて喜んでいましたが、容姿端麗であることを理由に殺されるくらいならば、月並みのビジュアルの方が幸せかも知れません。同じく「ちびまる子ちゃん」で、美しいOLが変な男に交際を迫られて断ったら殺されたという週刊誌ネタを持ち出す母すみれに対し、まる子が「可哀想に。ひどいブスに生まれてりゃそんなこともなかっただろうにねェ」と失礼極まりない同情を見せていましたが、殊『黒蜥蜴』に関してはさくら家の認識が真理と言えましょう。

黒蜥蜴を演じるのは小川真由美。なぜか「特別出演」とついていますが、何がどう特別なのかはよくわかりません。ご健在だそうですが、Wikipediaによれば尼僧として出家されているとか。ただし剃髪はしておらず、女優業も完全に引退したつもりではないようですが、近年テレビ等でお見かけすることはありませんね。年齢的に合うかどうかわかりませんが、「天使と悪魔の美女」の三田村アキ役も、小川真由美を起用した方がよかったような気もします。ただ、その場合は小川真由美と美保純のレズシーンになるのか、うーん…

さて、黒蜥蜴はたくさんの手下を従えているようですが、一の子分は雨宮(清水章吾)。こちらも今はあまりお見かけしませんが、チワワとともに一躍有名になったアイフルおじさんです。2時間サスペンスドラマでは、冷淡で酷薄なお偉いさん役でよく起用されていました。嫁子供に家から追い出されて生活保護を受給しながらアパート暮らしをしているという週刊誌報道も目にしましたが、『白髪鬼』の大牟田敏清のようにならないことを祈るしかありません。そして、松吉という「大時計の美女」の岩淵甚助みたいな男もくっついていますが、よく海に放り込まれないなと思うくらいの感じです。お察し下さい。これも岡部正純が演じているとばかり思っていたのですが、演者は羽生昭彦。この方の詳細は不明ですが、「氷柱の美女」や「浴室の美女」でもチョイ役を演じています。松吉役は、これまでよりも大役ですね。冒頭、黒蜥蜴一味によって殺害される美青年は美女シリーズではお馴染み、後の宅麻伸こと詫摩繁春。「妖精の美女」、「宝石の美女」、「悪魔のような美女」と三連投なので、天知茂の弟子思いの優しさが伝わってきます。プールに沈められて殺される役なのはちょっと可哀想。「美しいものを美しいまま保存したい」と言うのなら、せめて薬物で安楽死くらいにしてあげてほしいのですが。誰も殺されたくないのが大前提とはいえ。

詫摩繁春の剥製のお相手として黒蜥蜴のターゲットにされてしまうのが、柳生博演じる岩瀬庄兵衛の娘・早苗(加山麗子)。黒蜥蜴の美術館に飾られている剥製のヌードで本作の裸は終わりと思いきや、加山麗子もしっかり脱いでいます。日活ロマンポルノ出身者の本領発揮ですが、演技力も相応にある女優ですので、早苗役の起用はヒットだったと言えるでしょう。原作では早苗と瓜二つの桜山葉子という少女が早苗の身代わりとなって活躍しますが、二役は「魅せられた美女」の明智小五郎/沖良介まで待たなければなりません。なお、後年「乱歩R」では峰岸徹が岩瀬役を演じますが、こちらは骨格がかろうじて同じというだけでストーリーはほぼ別物、峰岸徹もSMプレイ中に女王様とともに、秘書の緑川(松坂慶子)に殺害されてしまうというトホホな目に遭わされます。美しいものを美しいまま保存するという美学はどこへいったのでしょうか。

岩瀬親子は静岡のホテルに投宿しており、明智小五郎や波越警部らも警備のために駆け付けますが、ここに現れるのが緑川夫人。いよいよ首魁、黒蜥蜴の登場なのですが、身元調査もろくにしないで部外者を易々と混ぜてしまうのはどうかと思います。岩瀬の大事なものを狙うと黒蜥蜴は予告してきましたが、これは岩瀬が所有する巨大なダイヤモンドに違いないと、宝石を警備する波越警部ら警察ご一行。ダイヤモンドで釣っておいて早苗を誘拐する計画なのだということは容易にわかりそうなものなのですが、波越なのでわからなくても仕方ありません。緑川が仕込んだ睡眠薬で波越はグーグー寝てしまいますが、部外者が用意した飲み物をどうしてこうもあっさり飲んでしまうのでしょう。黒蜥蜴も今度の仕事は容易いと笑いが止まらなかったに違いありません。波越のあまりの無能ぶりを見て余裕ぶっこいたのか、緑川は明智と黒蜥蜴のどちらが勝つか、賭けようと言い出します。本当にこの界隈のみなさんは賭けが好きですね、「死刑台の美女」でも明智と宗方隆一郎が川手庄太郎の安否そっちのけで勝ち負けを競っていたのを思い出します。

早苗の部屋の向かいには大学教授を名乗って雨宮が投宿しており、明智や波越らがダイヤモンドに気をとられている隙に、雨宮は早苗を拉致して、トランクに詰め込んで車でホテルを出発します。しかし、珍しく序盤から勘が冴え渡っていた明智はこの車を文代と小林芳雄に尾行させていました。明智との勝負に勝ったと確信していた黒蜥蜴ですが、雨宮の車が尾行されていることを知るとちょっと動揺して、明智とのトランプにも急に勝てなくなってきます。尾行に気づいた雨宮ですが、文代たちを脅して車を奪おうとしたところでパトカーが到着し、早苗を放り出してしぶしぶ逃亡。早苗の無事を知った明智は、緑川が黒蜥蜴のタトゥーを入れているのを見つけ出して彼女を追い詰めにかかりますが、緑川は薬品を明智や波越に振りかけて、逃走してしまいました。タトゥーのようなわかりやすい目印を入れておくなど、どうかしています。せめてシールか何かで隠すくらいのことをしてはどうでしょうか。

第一幕では黒蜥蜴による早苗の誘拐を阻止した明智でしたが、結局早苗は誘拐されてしまいます。ここで登場するのが、長椅子。江戸川乱歩作品ではよくある手口です。凶悪犯に狙われている家はその最中に長椅子やらピアノやら、家具類を搬入したり搬出したりしてはいけません。雨宮が変装らしい変装もしないで長椅子を運び入れているというのに疑いもしない刑事たちの目も節穴以下としか言い様がないですね。長椅子に何ら不審を抱かなかった結果、早苗は替え玉とすり替わることもなく、あっさりと誘拐されてしまいます。やれやれ。早苗を誘拐した黒蜥蜴は、例の巨大なダイヤモンドを岩瀬に要求。まるで、ダイヤモンドを渡せば早苗は返すかのような口ぶりですが、早苗は詫摩繁春の隣で剥製となって展示される予定のはずです。早苗剥製計画をおくびにも出さずに嘘をつくとは、「美しいものを美しく保存したい」と言うわりには手口が美しくありません。

なぜか競艇場に呼び出され、みすみすダイヤモンドを黒蜥蜴に渡してしまう岩瀬。黒蜥蜴の送迎は雨宮が運転する軽トラですが、唐突に浮浪者が軽トラの前に現れて座り込んでしまい、警察の仕込みと疑った雨宮は浮浪者の髪の毛がカツラだろうと言って引き剝がそうとしますが、どうやら本物の髪のようで、謝りながら札を握らせます。これではあっさり指紋も取られてしまいかねません。雨宮が浮浪者に気を取られている間に何やら軽トラの荷台がモゾモゾと動いていましたが、雨宮は当然これに気づかず。早苗誘拐の鮮やかな手口はどうやら火事場の馬鹿力で、平時はちょっと抜けているようです。松吉との対比でデキる男のように見えていただけなのでしょう、きっと。ダイヤモンドを手に入れた黒蜥蜴は雨宮の運転する軽トラで、黒蜥蜴一味の拠点となっている島へ渡るべく、船に向かいますが、軽トラの助手席に乗っている黒蜥蜴は不自然過ぎます。警察に見つかったら止められても不思議はありません。変装くらいした方がよいと思います。

船ではヒゲの船長以下、手下たちがお待ちかね。荷物を運び入れますが、軽トラの荷台にあった荷物がやけに重い。中身は言うまでもなく、明智です。それにしても、この船はもしや「浴室の美女」で奥村源造が使っていた船だったりしないでしょうね。奥村の死後、魔術師一味から払い下げてもらったのかも知れません。どうやら美女シリーズに登場する犯罪者集団は妙なコネクションを持っているフシがあるので、奥村が明智の始末を黒蜥蜴に託してついでに船も払い下げて…って、そんなわけないか。明智はどうやらジャガイモのズタ袋に隠れて侵入したようで、食料庫に空の袋が落ちていたことで発覚してしまいますが、当然船内のどこを探しても発見できません。残るは黒蜥蜴の部屋、ということで目をつけられたのが黒蜥蜴専用の部屋にある長椅子。早苗誘拐の手口を逆手に取ったということでしょうか。明智はあろうことか黒蜥蜴を蔑み、嘲笑うかのようなことを言い、怒り狂った黒蜥蜴は長椅子ごと海に沈めるよう手下に命じます。嗚呼、絶対これ明智じゃない身代わりが入っているパターンや…

明智の侵入が発覚してから、松吉の動きがさらに鈍くなっているように見えるのが、ちゃんと伏線になっています。普段から鈍かったからこそ、入れ替わりもうまくいったのでしょうね。縛り上げられ、恐らく猿轡を嚙まされて声も出せなくなっていたであろう松吉が長椅子の中でゴトゴトと動いていたのを明智と勘違いし、海に放り込んでしまった黒蜥蜴一味。しかし、犯罪者とはいえこうもあっさり溺死させられてしまって本当によいのでしょうか。乱歩作品では、『妖虫』で老探偵・三笠竜介が犯人の目を欺くために猫を殺してその血を人間のものに見せかけるという、猫派の小生としては許し難い手口を使うのですが、犯罪者だからといって松吉のような扱いはいかがなものかと思ってしまいます。ちなみに明智はクローゼットの中に潜んでいたということで、長椅子の中身を検めなかったのは要するに黒蜥蜴一味の確認不足です。

長椅子を海に放り込んで満足し、拠点となっている島に着いた黒蜥蜴たち。しっかり乳首をご開帳の早苗に剥製の数々を見せたうえでプールに沈めるよう命じ、黒蜥蜴は自分専用の部屋に引っ込みますが、松吉がやってきて異変を知らせます。プールで沈んでいたのは早苗ではなく雨宮、当然のことながら溺死しており、黒蜥蜴は驚きますが、一味は松吉を除いて全く黒蜥蜴の呼びかけに応じず、出てきません。そして、剥製を展示してある美術館エリアに行ってみると、何かおかしいことに気づく黒蜥蜴。ゆっくりと松吉の変装を解いた明智は、黒蜥蜴を嘲笑うかのようになぜか大爆笑。笑われるのが最も嫌いなのと黒蜥蜴に言われても笑い続け、飾ってある剥製までもがなぜか笑い出します。剥製もいつの間にか波越、文代、小林にすり替わっていました。黒蜥蜴の敗北がおかしいのか、いつになく文代も満足げに大笑いしています。追い詰められた黒蜥蜴は自分専用の部屋に逃げ込み、毒を飲んで自殺。「宝石の美女」に続き、今回も自殺されてしまいましたね、明智先生。黒蜥蜴は、松吉に変装した明智の前で不意に本心を吐露してしまっていました。自信満々の大犯罪者が、手下を前に弱みをさらけ出してしまった時点で敗北は確定していたのだと、黒蜥蜴も悟りきったように語って絶命します。

美男美女を誘拐して剥製にする、という凶悪にして奇妙奇天烈な犯罪者を描いた原作『黒蜥蜴』ですが、「悪魔のような美女」は原作の骨格を維持しつつ、比較的忠実に再現していると言えます。黒蜥蜴が用いた長椅子のトリックを明智が逆手に取り、身代わりを殺させて自分の死を信じ込ませる手口も、笑われるのが最も嫌いと顔を引き攣らせる黒蜥蜴を前に明智、波越、文代、小林たちがひたすら嘲笑し続けるシーンも、なかなか憎い演出です。加山麗子の演技力が担保されていることもあり、雰囲気をぶち壊す棒演技の役者が出てこないのもいい。荒井注がそもそも棒ではないかなどと言ってはいけません。黒蜥蜴役を美輪明宏が演じた、三島由紀夫の手による舞台版「黒蜥蜴」で明智小五郎役を務めたことで天知茂は脚光を浴び、これが後に美女シリーズで明智役に登板する契機となったそうで、舞台版「黒蜥蜴」も評価が高かったようですが、「悪魔のような美女」も負けていない作品です。

本作のみどころ:美女シリーズ初の洋モノの裸が登場する黒蜥蜴の剥製美術館

江戸川乱歩の美女シリーズ「宝石の美女」を観る

「白髪鬼」。金田一少年の事件簿「天草財宝伝説殺人事件」に出てくる怪人ではありません。乱歩作品としては一風変わっている原作『白髪鬼』は、マリー・コレリ『ヴェンデッタ』の黒岩涙香による翻案を乱歩が再翻案として書き直すというちょっと込み入った経緯で書かれました。『ヴェンデッタ』で大牟田敏清に相当するのはファビオ・ロマニ伯爵ですが、黒岩はこれを波漂羅馬内(はぴよ・ろまない)伯爵として自身による翻案『白髪鬼』に登場させています。海野十三が創造した名探偵・帆村荘六シャーロック・ホームズのもじりであることは推理小説マニアの間ではよく知られていますが、波漂羅馬内はすごい。まずどこまでが苗字でどこからが名前なのかもよくわからないばかりか、当て字というにもいささか無理があります。改めてエドガー・アラン・ポオをもじって江戸川乱歩という筆名を自らにつけた平井太郎の秀逸なセンスに感銘を受けざるを得ません。

さて、「宝石の美女」ですが、墓から蘇って復讐に命を懸ける大牟田敏清=里見を田村高廣が演じます。すでに半分は鬼籍に入ってしまっている田村四兄弟、うち俳優として知られているのは長男・高廣、三男・正和、四男・亮の三兄弟ですが、田村高廣演じる大牟田=里見はさすがの迫力です。まぎらわしいので、便宜的にルリ子の前で正体を明かすまでは「里見」と形容することにしますが、自分を死に追いやったルリ子たちへの憎悪を煮えたぎらせながら、どこか復讐を楽しんでいるかのような大牟田を演じきれる役者はなかなかいないでしょう。「浴室の美女」での玉村善太郎役がなぜか不思議なくらい棒演技だった佐野周二が里見役に起用されなくて本当によかったと失礼ながら思ってしまいます。ベテランのはずなのに佐野周二はなぜあんなに棒読みだったのでしょうか、本当に不思議です。地下室で復讐の再現VTRを見せられてもさっぱり怖がっている感じが伝わってこないので、復讐という大事業に50年の月日をつぎ込んでいた奥村源造の努力もあれでは報われません。

冒頭、宝石泥棒の西岡五郎の脱獄から「宝石の美女」は始まります。子分に車を用意させておいて、子分を射殺して車を奪う西岡、のっけから凶悪犯ぶりが目立ちます。西岡は宝石を、洞窟のような大牟田家の墓地の棺桶に隠しておいたのですが、隠し場所に行ってみたらあら残念、棺桶の中には宝石が影も形もありません。西岡が棺桶の傍に落ちていた手紙で呼び出されて行ってみると、待っていたのは里見。西岡は宝石を取り返すべく里見を脅し上げますが、里見は「宝石の半分は換金して使ってしまったが、もう半分は残っている。しかし、自分を殺せば宝石の在り処はわからなくなる」と凶悪犯を前にしても余裕綽々。太平洋戦争終戦時の鈴木貫太郎首相は侍従長の頃に二・二六事件で襲撃されて生死の境を彷徨い、昭和天皇に乞われて大命降下すると「どうせ一度死んだ身だから」と自らの命を捧げるつもりで終戦内閣の首班を受けた、というエピソードを本で読んだことがありますが、里見も一度死んでいるだけに西岡のようなチンピラを露ほども恐れる様子はなく、落ち着きはらっています。宝石を返す代わりに自分の仕事を手伝うよう西岡に要求する里見。怪しい匂いがプンプンします。におう、におうぞ~by波越。

宝石泥棒の西岡を抱き込み、着々と計画を進める里見が復讐の矛先を向ける最大のターゲット・大牟田ルリ子役の金沢碧は、原作は『影男』と言いながらまるで原型をとどめていない問題作「鏡地獄の美女」でも夫を亡くして悲嘆にくれる妻・速水美与子を演じていますが、本作では速水美与子とは対照的に悪妻ぶりが際立ちます。ルリ子は夫・敏清殺しの共犯者である画家の川村ですらドン引きするほど欲が深く、里見から宝石はルリ子に、絵は川村に渡すと言われると「いやよ!この絵はみんなわたくしのもの…絶対にいやよ!」と、物陰で川村が聞いているとも知らずに物欲全開でいやよいやよと駄々をこねる始末。俺はこんな女と結婚した挙句殺されてしまったのかと、筆者が里見=大牟田敏清だったらその場で即、ルリ子を殺して自分も死にたくなったことでしょう。しかし、里見は年の功からか余裕のようで、ルリ子をジワジワ追い詰めて殺すべく準備を着々と進めていきます。里見の手口は周囲も、当のルリ子ですらも驚くほどのプレゼント攻勢で、金に糸目をつけません。里見の復讐は西岡が隠していた莫大な宝石がなければ成立しなかったわけですから、出所は盗品とはいえ里見は西岡に足を向けて寝られません。

西岡を追ってやってくる波越警部と、毎度のことながら手伝わされる羽目になっている明智小五郎。波越は仕事だからともかく、明智に安息の地はないのでしょうか。西岡の追跡に躍起になっている警察を後目に、里見の復讐計画は少しずつ動き出していきます。現在の大牟田邸にはルリ子、画家の川村、ルリ子の妹のトヨ子が暮らしており、案の定と言うべきか、彼らの周囲では死んだはずの大牟田敏清の声が屋敷内で聞こえたり、屋敷の内外を白髪の男が徘徊したり、大牟田敏清の肖像画に白墨でロックンローラーのような逆立った白髪の落書きが施されたりと怪事件が頻発。脛にばっちり傷を持つ身であるルリ子らは、大牟田敏清を彷彿とさせる怪現象に早くも震え上がっています。おまけに彼らの前に里見が現れ、生前の大牟田と同じ癖である、紐を手に持ってぶんぶん振り回す仕草をこれ見よがしにしてみせるわ、大牟田の所有物を里見がルリ子にプレゼントしてくるわ、これでもかとばかりに大牟田の幻影をフラッシュバックさせてきます。当の里見は「亡くなられたご主人と同じ癖を持っているなんて、これはもう他人とは思えません」などと無理筋の理屈でルリ子を口説きにかかりますが、うまくすれば里見の財産もガッポリとなりそうなルリ子はともかく、死んだはずの大牟田敏清の影に散々脅えさせられたうえ、ルリ子にも捨てられて貧乏生活を強いられそうな売れない画家の川村は気が気ではありません。青島幸男にちょっと似ている小坂一也の小悪党的なビビリっぷりもなかなかの好演です。

前述のようにルリ子の恐ろしいまでの金目の物への執着心は共犯者の川村をもドン引きさせるレベルで重症なのですが、川村としても相応のリスクを背負って大牟田殺害を決行したのだし、しかも殺害方法からしてルリ子が崖に大牟田を呼び寄せて川村が後ろから突き落とすというものなので、実行犯である川村はある意味ルリ子より重罪と言えます。その川村はルリ子と大牟田家の財産を両方手に入れるという一挙両得を狙っていたわけで、そのルリ子が里見になびいてしまえば、ルリ子も財産も手に入らないばかりか、大牟田の亡霊に脅えるだけの、奈落の底のような人生に突き落とされる羽目にすらなりかねないので、必死になるのも頷けます。ならばルリ子は里見にくれてやって、トヨ子と結婚して大牟田家の財産と里見の資産を両方ふんだくる戦略にシフトすればいいんじゃないかとも思いますが、川村にそこまでの狡猾さはなさそうですし、そんなことを考える暇もなく、大牟田邸に現れた白髪の男を追いかけていったトヨ子は扼殺され、ひん剥かれて死体は逆さ吊りで晒しものにされてしまいます。乳首も丸出しで可哀想に。

さて、実は大牟田殺害には現地の女医・住田洋子も関与していました。大牟田の死が単なる事故であるということに疑いを持っている口ぶりの住田医師ですが、ルリ子たちに懇願され、病院への出資と引き換えにルリ子たちにとって都合のいい死亡診断書を書いてあげます。住田にしてみれば自分の病院のためになるならば多少の悪事には目をつぶろうという清濁併せ吞む気だったのかも知れませんが、これが祟り、車の中で里見に襲われて殺害されてしまいます。演じる奈美悦子は「魅せられた美女」でも入浴中に殺害されるバーのマダムを演じており、二度も大した罪があるわけではないにもかかわらず殺されてしまいます。うっかり悪事の片棒など担ぐものではありません。

ここで宝石泥棒の西岡という存在が活きてきます。西岡は里見に頼まれ、里見が犯行に及んでいる間はホテルの部屋にいて、わざわざルームサービスを何度も頼んだりして部屋にいることを印象付け、里見のアリバイを強調します。里見は顔の半分を覆う醜い傷跡を隠すためにいつもサングラスをかけているので、替え玉でもバレにくいという心理的なトリック。明智はこのトリックを、ホテルマンから「里見様は急にお食事が進むようになりました」という証言を得たことで、里見の部屋には里見以外の誰かがいて、それがアリバイトリックの鍵を握っているのではないかと推理しますが、ここで登場するホテルマンコンビの片割れは、後に「黄金仮面Ⅱ 桜の国の美女」でピアニストの佐伯清二役を演じる宅麻伸こと詫摩繁春。この頃はちょっと棒演技で初々しいです。ちなみに同じく天知茂一家と言っていい、「大時計の美女」で岩淵甚助を演じる岡部正純も大牟田邸に里見を案内する不動産屋役として登場しています。

トヨ子と住田を始末した里見の次なるターゲットは川村。前述のように、里見は一旦は名画の数々をルリ子に渡すと言ったものの、ルリ子から川村が一生食べていけるようにしてあげてほしいと頼まれると、では絵をすべて川村に贈ろうと言い出します。川村は陰でこのやり取りを聞いているのですが、ルリ子がこれには猛反対。宝石も絵も全部欲しいとごねるルリ子に川村はドン引きしますが、その後里見を訪ね、絵をすべて僕にくれと要求します。ルリ子の猛反対で里見の気が変わる前に絵を手に入れてしまおうという川村もなかなかの図々しさですが、待っていましたとばかりに川村を地下室へ案内する里見。「絵などどこにもないじゃないか」と訝る川村を椅子に座らせると、その椅子は拘束具がついており、川村は縛られてしまいます。それまでの丁寧さをかなぐり捨てて、椅子を乱暴に足で蹴飛ばしながら、里見はサングラスを外して自らの正体、つまり自分は川村によって殺害された大牟田敏清であることを明かすと、命懸けでの棺桶からの脱出劇を語って聞かせます。大牟田の髪がなぜ真っ白になってしまったのかもこの時に明かされます。ルリ子を諦める代わりに絵を寄越せという強硬姿勢はどこへやら、大牟田に「絵の具すら買えないお前をあんなに可愛がってやったのに」と貧乏ぶりをディスられ、必死に謝罪して命乞いをする川村はドサクサにまぎれて全部ルリ子のせいにしようとしていますが、里見の復讐計画はいまさら止められるわけもありません。地下室に仕掛けられていた、壁が徐々にせり出してくるとともに飾ってある鹿?の剥製の角が自分の胸めがけて迫ってくるという、ターゲットの恐怖心を極限まで煽る時限装置により、川村は胸を一突きにされて絶命してしまうのですが、ひたすら許しを請う川村を前にしても「苦しめ!もっと苦しめ!ハッハッハッハッ…!」と一向に意に介さず、死が迫る川村の絶望的な悲鳴を聞きながら悠々と地下室を出ていく里見。さすがは復讐の鬼、白髪鬼です。

そして、里見は用済みになった西岡も始末。わざと残飯を漁っている姿を地元住民に目撃させて洞窟へ逃げ込み、予め洞窟内で縊死体となっている西岡を、明智や波越警部ら警官隊に発見させます。わざわざ、洞窟への突入時に「明智さん、何かあったんですか?」と居合わせるのが小憎らしい。波越はあっさり西岡の死を自殺と断定してしまっているようですが、さすがに明智は腑に落ちていないようです。どう考えても西岡は易々と自殺するようなタイプの悪党ではないのですから、これは腑に落ちる方がどうかしていると言うしかありません。

クライマックスは、里見によるルリ子の処刑。相変わらず金目の物を餌に里見はルリ子を大牟田家の墓へ連れていきます。さすがに「こんなところに…?」とルリ子も疑っていますが、それでも墓には入ってしまう辺り、この女の欲深さは筋金入りと言うしかありません。墓に入るやいなや乱暴にルリ子を突き飛ばした里見は、とうとう自分の正体を明かします。さしもの悪妻・大牟田ルリ子も生きた心地がしなかったでしょうが、リアルに生きた心地がしなくなるのはこれからです。棺桶の中で蘇生した大牟田敏清が、息苦しさと死の恐怖に苛まれながら命からがら脱出したという話を聞かされた後に、ルリ子は大牟田によって棺桶に閉じ込められてしまいます。蓋をして、釘を打ってしまわないのは詰めが甘いと思わないでもないですが、大牟田としては蓋に釘を打ってしまうよりも、棺桶の上に乗っかって、出して出してと棺桶の中で暴れるルリ子の最期の抵抗を物理的に体感する方がより復讐心が満たされると考えたのかも知れません。復讐というものはこうでなくてはいけませんね。

そこへ明智や波越らが突入してきますが、すでにルリ子を棺桶に閉じ込めて復讐を遂げた大牟田は逃げも隠れもせず、ピストルを取り出して自らの胸を撃ち抜いて自殺してしまいます。明智が自殺を食い止められないのは美女シリーズのお約束で、いつものことではあるのですが、この場合は止めない方が大牟田のためだったでしょう。一度はルリ子と川村の手で殺されながら棺桶の中で蘇生し、命懸けで脱出して復讐を果たした大牟田に司法の裁きが意味をなすでしょうか。原作『白髪鬼』は獄中にいる大牟田敏清の独白という形で書かれていますが、「宝石の美女」の大牟田の死はある意味、原作よりも秀逸と言えましょう。さらにさらに、大牟田の復讐の精華と言うべきルリ子の末路が、ルリ子が棺桶に閉じ込められていることに気づいた明智らによって開花します。棺桶に閉じ込められていたルリ子はどうにか生きたまま救い出されるものの、棺桶に閉じ込められている間に発狂し、石ころを宝石と見間違えて、必死で拾い集める哀れな姿に堕してしまいました。顔は美しいのに行動は異常極まるという、この金沢碧の狂態は田村高廣の憎悪に燃える演技に負けず劣らず素晴らしい。この「宝石の美女」だけは、田村高廣と金沢碧の演技の素晴らしさのお陰で江戸川乱歩の原作すら超えたのではないかと言っても決して過言ではありますまい。

前述のように原作『白髪鬼』は大牟田敏清が獄中で身の上を語るという体裁で書かれており、当然のことながら明智小五郎も登場しないので、「宝石の美女」の明智はいつもより影が薄めです。本作はさしずめ大牟田敏清と大牟田ルリ子のダブル主演、明智は三番手くらいと言ってよいでしょう。小生は勝手に、この「宝石の美女」を美女シリーズ全25作中ピカイチの出来として推します。明智の影がいつもより薄い作品が、明智小五郎が主役のシリーズのベストというのはどうにも皮肉ではあるのですが。

本作のみどころ:復讐に燃える白髪鬼・田村高廣と欲深き悪妻・金沢碧の素晴らしすぎる演技