江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「エマニエルの美女」を観る

かねがね疑問に思っていたのですが、江戸川乱歩の美女シリーズは、なぜか原作の登場人物の名前をちょっとだけ改変する妙な癖がちらほら見られます。「悪魔の紋章」の宗像隆一郎博士を「宗方」にしたり、「蜘蛛男」の畔柳博士を「黒柳」にしたり、「黄金仮面」の大鳥不二子を「大島」にしたり。3つ目の例に関しては脚本家が原作をチラ見した時に「鳥」を「島」と見間違えて、誤って大島にしてしまっただけだったりして、などと想像も膨らみますが、この「エマニエルの美女」は珍しく、名前の改変も少ないばかりでなく、プロットもかなり原作に忠実です。

原作は『化人幻戯』。ずっと「かじんげんぎ」だと思っていましたが、「けにんげんぎ」が正確です。太平洋戦争後の江戸川乱歩の代表的な長編とされていますが、実は戦後の乱歩は長編をほとんど書いていないのです。戦後に乱歩が著した長編は本作以外に『十字路』、『影男』、『三角館の恐怖』がありますが、『十字路』は渡辺剣次による設計図をもとに乱歩が家を建てたようなもので、『三角館の恐怖』はロジャー・スカーレットの『エンジェル家の殺人』の翻案ですから、実質的な乱歩による長編は『影男』と、『化人幻戯』しかないということになります。ちなみに、この4作はいずれも美女シリーズでドラマ化されていますが、原作の雰囲気が感じられるのは「エマニエルの美女」と、あとはせいぜい『十字路』が下敷きの「魅せられた美女」くらいのもの。『影男』の「鏡地獄の美女」、『三角館の恐怖』の「炎の中の美女」は、もはや全く別の作品と言っても過言ではありません。とりわけ「炎の中の美女」に至ってはもうなんかアレです、時間を返してくれって感じの出来です。

さて、事件の舞台は推理小説の大家・大河原義明の別荘。明智小五郎と波越警部は、大河原に招かれて別荘を訪れますが、大河原義明を演じるのは岡田英次。「黒水仙の美女」の伊志田鉄造役以来の再登場ですが、復讐を逃れて生き残った前回とは異なり、今回は途中で殺されてしまいます。岡田英次は「鏡地獄の美女」で3度目の登場となりますが、3度目も最後に殺されてしまうので、なんだか運がありません。別荘の地下室にはどこかで見たようなコレクションが陳列されており、恐らく宗方隆一郎博士の死後、大河原が買い取ったのでしょう。知らんけど。ちなみに大河原の死後は、高等遊民青木愛之助が金に糸目をつけずに大河原コレクションを買い取ったものと思われます。知らんけど。

大河原の妻・由美子を演じるのは夏樹陽子。こちらも「浴室の美女」以来の再登場ですね。美女シリーズ常連の北町嘉朗もチョイ役で出てきますが、流石に第12作ともなると、再登場率も上がってきます。由美子については後で詳述するとして、岡田英次と同じ回数、美女シリーズに出演した俳優が本作で初めて登場します。後に、『一寸法師』と『盲獣』を組み合わせるという一歩間違えば大惨事となりかねない芸当をやってのけた「白い素肌の美女」で、廃寺の真下で叶和貴子の肉体を模した石膏像のパノラマを密かに築き上げていたマッサージ師・宇佐美鉄心を怪演、美女シリーズ視聴者に鮮烈な印象を残したであろう中条きよしです。日本維新の会比例区で出馬して参議院議員となってから、国会質疑でCDの宣伝をしたり、年金未納が明らかになったりと迷走しまくりのきよし師匠ですが、「エマニエルの美女」では好青年感を醸し出しながら、気鋭の評論家・姫田吾郎役を演じます。まぁ、真っ先に殺されてしまいますが。

大河原邸に招かれる面々は明智、波越、姫田に加え、前述の北町嘉朗演じるテレビ局プロデューサーの讃岐と、大学教授の福本、女優の山村弘子。福本役の草薙幸二郎は本作ではあまり見せ場らしい見せ場がないのですが、後に「五重塔の美女」でタクシードライバーの鶴田正雄役を演じます。霊媒師による霊媒中に突如騒いで飛び出していき、紙幣に火をつけながら徘徊して五重塔で首吊り死体となって発見される、なかなか謎めいた出だしの鍵を握る鶴田役の方が印象に残りますが、詳細は「五重塔の美女」のレビュー時に譲りましょう。

原作では崖から姫田が転落死し、同じく由美子の取り巻きだった青年が密室状態で殺害されますが、それに代わる被害者役は女優の山村弘子。波越は彼女のファンらしく、大河原の別荘でハンカチにサインをねだります。なぜハンカチに。夏樹陽子に脱がせることはできず、この頃になるとヌードダブルも使わなくなっているので、プールで女性が全裸死体となって発見されるというシーンが必要だったのでしょう。一応、大河原由美子が山村弘子を殺害する動機もきちんと説明されているので、制作陣の工夫の跡は窺えます。弘子を演じる吉岡ひとみも劇団出身で棒演技ではないので、不自然さもなくいい感じです。

さて、原作では由美子に惹かれ、とうとう関係を持ってしまい、由美子の日記を盗み見て彼女の秘密に迫ってしまうのは庄司武彦という男なのですが、「エマニエルの美女」ではその庄司はすでに亡くなっており、庄司の言わば代わりとして杉本治郎という男が大河原の助手として付き従っています。演じるのは江木俊夫。元子役で元フォーリーブスのメンバーだそうで、かなり最初期のジャニーズ事務所に所属していたことになります。最近、ジャニーズ事務所はメンバーの退所や故・ジャニー喜多川の性加害報道で騒がれていますが、やはりアイドルは重圧なのでしょう、江木俊夫覚醒剤取締法違反で検挙歴があります。ついでに言えば、「黒水仙の美女」で伊志田一郎役を演じた北公次も元フォーリーブスのメンバーで、こちらも覚醒剤取締法違反での検挙歴あり。アイドルに限らず、タレントの休養もこの頃多いですが、やはり身を削る仕事なのかなと思う次第。子役出身の故・三浦春馬さんのような痛ましい自死を遂げる例が一つでも減ることを祈るばかりです。

さて、明智は姫田吾郎の転落死を、マネキンを使った偽装によるアリバイトリックと見抜きますが、このマネキンの出所であるマネキン屋を演じるのは茶川一郎。この茶川一郎も「白い乳房の美女」ではチンドン屋、「湖底の美女」ではホテルの支配人と、ちょいちょい美女シリーズに登場しています。天知茂が、宅麻伸をはじめ弟子や同事務所の役者を頻繁に自身の出演作に登板させていたというエピソードは有名ですが、言わば天知茂一家でなくとも、美女シリーズに何度もお呼びがかかる役者はいたようですね。長寿のシリーズともなると、気心が知れている面々で臨みたいという心理の表れかも知れません。

さて、由美子とともに本作の鍵を握るのが大河原義明役の岡田英次です。由美子は巧妙に、義明が庄司、姫田、山村を次々と殺害していった首謀者であるかのように、自身の日記をも使って誘導していきますが、義明も結局由美子の手によって、彼のコレクションであるギロチンで首を刎ねられて死ぬ羽目に。「天国と地獄の美女」では、青木愛之助邸のギロチンをうっかりいじった波越が刃を落としてしまい、マネキンの首が切断されるというシーンがありましたが、今回は本当に大河原の首が刎ねられてしまいます。命が惜しければ自宅にギロチンなど飾るものではありません。

原作同様、「エマニエルの美女」においても特筆すべきはやはり、大河原由美子の異常な殺害動機でしょう。愛する者を衝動的に殺害してしまう由美子の性癖は、狂気と恍惚を交錯させながら「美しいものを美しいまま保存したい」と語る黒蜥蜴にも通ずるものがあるのかも知れません。由美子は由美子で、風呂で杉本を誘惑しておいて杉本を湯舟に沈めて殺害しようとするのですが、黒蜥蜴もターゲットを剥製にするにあたってプールに沈めていました。溺死はあまり美しくありません。杉本は結局間一髪のところで助け出されるのですが、湯舟で誘惑されて溺死させられそうになるなど一生のトラウマです。二度と風呂に入れなくなりそうです。

変装を解き、由美子が最後は自殺する、という結末はいつものパターン。ストーリーとしては全体的に月並みなのですが、やはり動機の異常性が際立つので印象に残ります。とはいえ、美女シリーズの場合、原作の動機が改変されて結果的にトンデモな理由になっていることもあるので、『化人幻戯』の肝の部分がある意味ちょっと薄らいだような気がしないでもありません。ちなみに後年、「乱歩R」では義明を布施明が、由美子を魔性の女、葉月里緒奈が演じており、こちらもなかなかはまり役と言ってよさそうです。

本作のみどころ:由美子を何度も脅えさせる、いかにも作り物ですという出来栄えのカマキリ