江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「白い人魚の美女」を観る

冒頭からいきなり緑ずくめの怪人物の不気味な哄笑で始まる「白い人魚の美女」。出演者紹介ですでに笹本家のお手伝い・タマ子(日野繭子)の乳首もお尻の割れ目も拝めます。のっけから美女シリーズの本領発揮です。タマ子殺しの動機はよくわからず必然性もないので、乳首とお尻を出させるために浴室で溺死させ、全裸のまま浴槽に沈めたとしか思えません。前作「死刑台の美女」は一応、川手庄太郎の娘への復讐というもっともらしい動機がありましたが、一転して本作はヌードを見せるために犯行を一つ増やすという荒業。さぁ、いよいよ美女シリーズらしくなってきました。

原作は『緑衣の鬼』。イーデン・フィルポッツ赤毛のレドメイン家』を下敷きにした乱歩による翻案作品であり、乱歩は翻案に明智小五郎を登場させたくなかったのか、この作品では乗杉三郎なる高等遊民のような男が探偵役を務めています。が、そんな乱歩の胸中など知ったことではない美女シリーズ制作陣、あっさり明智シリーズの一編として「白い人魚の美女」を仕上げてしまいました。実は乱歩作品、オリジナルよりも翻案の方が破綻がなくて出来がよいというのは公然の秘密なのですが、ドラマ制作陣は後年、ロジャー・スカーレット『エンジェル家の殺人』の翻案で乱歩ファンの間でも評価が高い『三角館の恐怖』を美女シリーズでも一、二を争う駄作中の駄作「炎の中の美女」に改悪してしまいました。ロジャー・スカーレットも「炎の中の美女」を観たらぶったまげることでしょう。

夕方、仕事を終えて文代を車で家まで送っていくという明智。なぜか明智と文代は同じロゴ入りの白いジャケットを着ています。ビルの壁に映る巨大な影が、通りがかった笹本芳枝に襲いかかる…という出だしは原作同様なのですが、これは原作の時点ですでに無理があると言わざるを得ません。影を演じている男と芳枝がグルでない限り、こんな大仕掛けをうまくやるのは不可能でしょうし、芳枝の学生時代の後輩である文代が偶然にも通りがかったからいいようなものの、知り合いに誰も出会わなかったらどうするのでしょうか。原作には忠実でありながら、無理のある原作の瑕瑾が全く補われていません。

ペアルック探偵の明智と文代は車で芳枝を家まで送りますが、そこで正体不明の影に悩まされているという芳枝の夫、詩人の笹本静雄とも面会します。突然の停電とともに不気味な笑い声を上げながら窓の外に現れる影。影がいなくなると、入れ替わるように室内に現れて「殺される」と脅える笹本。影が落としていったロケットにはかつての芳枝の写真がはめ込まれており、こちらも脅える芳枝に「美しい人は知らず知らずのうちに罪をつくってしまうものです」と気障すぎる言葉をかける明智ですが、背後から文代が「オッサンええ加減にせぇよ」と言わんばかりのものすごい目つきで明智を見ていることには気づかなかったようです。この頃は小林芳雄も登場していないので、事務所には明智と文代しかいないのですから、最も身近にいる文代の想いに応えて思う存分キャッキャウフフしてあげればよいものを。五十嵐めぐみが文代を演じている間に結ばれてほしかったと思わないでもないですが、仮に明智と文代がゴールインして、後で高見知佳に交代したらドラマ全体が粗悪なラブコメになってしまいそうなので、結ばれなかった方が結果的に幸いだったかも知れません。高見知佳だと「チェンチェェェェイッッッ!文代、チェンチェイのこと世界でいーーーっちばん愛していますッッッ!」くらいやりそうで正視に堪えません。やっぱり結ばれなくてよかった。

明智はロケットの出所を調べるよう波越警部に頼み、芳枝の身を案じて笹本家の様子を見に文代を差し向けますが、時すでに遅し。リビングで気を失っている芳枝を、次に寝室で笹本静雄の死体を見つける文代ですが、緑ずくめの男に後頭部を殴られて自らも気絶してしまいます。夕方になっても帰ってこない文代を心配して笹本家に電話するものの応答がなく、ちょうど波越にロケットの出所も突き止めてもらったので、芳枝に確認すべく明智も笹本家へ駆け付けますが、気を失っている文代を見つけただけで、静雄も芳枝も消えてしまっています。水の音を聞いて浴室を覗いてみると…はい、お待たせいたしました。お手伝いのタマ子さんの全裸死体です。しかし、顔を浴槽の水につけて死んでいるので水中からでないと誰なのかはわからないはずなのに、文代は「お手伝いのタマ子さんだわ」と口にします。芳枝の生死はわからないはずなのに、後ろ姿を見ただけでなぜわかるのでしょう。もしや文代とタマ子はレズの関係で、文代はタマ子の裸を見たことがあるからわかったのでしょうか。そんなはずもありません。

さて、こうして笹本家から行方不明になってしまった芳枝の役を演じるのは夏純子。不良少女役、悪女役に定評のあった女優だそうですが、すでに引退されているようです。目力の強い大きな瞳が印象的ですね。脇を固めるのも夏目菊太郎役の松村達雄、菊太郎の娘・知子役の朝加真由美、菊太郎の秘書・山崎青年役の荻島真一となかなか重厚な布陣です。荻島真一は「白い乳房の美女」でも再登場しますが、俳優としては比較的早く亡くなられてしまいました。晩年、「ぶらり途中下車の旅」に出演されていたのを観たことがあります。犯人役を演じた後に犯人でない役で再登場しますが、どちらの回でも明智に食ってかかる役回りがありました。完全なる余談ですが、夏純子と荻島真一はどちらも現在の東京都あきる野市の出身で、つまりは同郷です。

夏目菊太郎の長男・太郎は緑色に執着しており、壁からカーテンから緑ばかりの太郎の部屋を見た明智と波越はロケットを落としていったのは太郎ではないかと疑います。その頃、「東京ホテル浦島」では夏目太郎らしき、頬に傷がある男の姿をホテルマンが見咎めて、善良な市民の義務として警察に通報。警察を待つべきなのに、単独で夏目太郎らしき男が宿泊する509号室に踏み込んでしまったホテルマンは、トランクに閉じ込められていた芳枝を発見しますが、シャワーを浴びていた男に背後から頭を殴られて気絶。波越警部ら警官隊が到着して踏み込んでみると、ドアにも窓にも鍵がかかっているにもかかわらず、部屋の中には芳枝とホテルマンしかいません。どう考えても自作自演を疑うべきなのですが、芳枝を被害者と信じきっている警察は全く気づきません。捜査を率いるのが天下の無能こと波越なので仕方のないことでしょう。

本作のキモは原作同様、笹本静雄の正体は夏目菊太郎の秘書の山崎で、芳枝と共犯関係にあり、山崎と芳枝が代わる代わる緑ずくめの夏目太郎を演じて捜査の目を誤魔化し、夏目家の財産を奪おうとするところにあります。伊豆熱川の水族館で、夏目太郎を追う文代と山崎は二手にわかれて挟み撃ちにしようとしますが、この時夏目太郎を演じているのは芳枝で則ち山崎とは共犯なのですから、夏目太郎が密室状況から忽然と消え失せることに何ら不思議はありません。同じような手口は第1作「氷柱の美女」で、氷柱アーティストの巨匠・谷山三郎も使っていました。谷山の場合、逃走する犯人が忽然と消え失せた場所に都合よく現れるという辺りが不自然そのものでしたが、どうも美女シリーズの犯人たちは独自のコネクションを持っているのか、旧作の反省を自分の犯行に活かしているかのような場面が多く見られます。名だたる犯罪芸術家が多いので、いつか明智に敗北の味を知らしめるべく共闘しているのかも知れません。

さて、文代と山崎は夏目太郎を挟み撃ちにすべく水族館内を疾走しますが、途中で出会います。挟み撃ち失敗が山崎の計画通りなのは前述のとおりですが、行き止まりになったところの水槽に、太郎が拉致しようとした芳枝が沈められているのを発見。太郎は消え失せるにしても、芳枝はどこかにいないといけないわけですから、登場するのはおかしくないのですが、水槽に沈んでいる芳枝はなぜか全裸で、乳首がポロリしています。しかし、よくよく見ると本物の夏純子なのかヌードダブルなのかがよくわかりません。水中で髪を振り乱して目を瞑っているので、よく似ている別人をその時だけ起用しているようにも見えます。

芳枝・山崎の財産収奪コンビは次いで財産の取り分を増やすべく、菊太郎の娘・知子を洞窟で絞殺します。さらに、笹本静雄のトランク詰めの腐乱死体が東京の倉庫街で見つかりますが、これが実は夏目太郎の死体だったのです。太郎を静雄として葬ると、「寂しすぎるから」と言って芳枝は山崎との結婚を菊太郎に宣言し、菊太郎に認められると嬉々として部屋で山崎とイチャコラし始めます。菊太郎の財産も転がり込んでくると聞いて自制できなくなったのでしょう。ところが、またも緑ずくめの怪人物が現れ、芳枝を拉致していってしまいます。警官隊を動員して山狩りが行われますが、うっかり脚をくじいてしまったらしい波越が、夏目邸で患部に氷を当てていると、またもまたも現れる緑ずくめの怪人物。今度こそと意気込んで波越警部は追い、一度は見失ったものの怪しげな空井戸を見つけて飛び込みます。入るのはいいけど、どうやって出るつもりだったのか。そこで波越が出くわしたのは、2人の緑ずくめの怪人物。お互いにつかみかかる怪人同士に波越は加勢しますが、さすが天下の無能、変装していた明智の方を羽交い絞めにしてしまい、本物は逃走してしまいます。なおも揉み合う明智と波越の前に、これまた都合よく現れる山崎。さらに空井戸から通じる洞窟内で気絶している芳枝を発見します。果たしてこれは何度目の気絶でしょうか。

明智が読んでいた古文書を自分も読んで、洞窟を探りに行ったのだと苦しい嘘をつく山崎ですが、明智は「あなたが来なかったら、私は波越警部に手錠をかけられていましたよ」と言い、それを聞いて呵々大笑する波越。自分が明智を羽交い絞めにしたせいで犯人を取り逃がしたというのに反省の色はまるで見えません。無能もここまでくると害悪ですらあります。おまけに、夏目邸で芳枝がベッドの下から飛び出してきた日本刀で切りつけられてしまいました。ところが明智は突然、大事件が起きたので東京へ帰ると言い出し、無責任さを菊太郎に詰られると菊太郎の部屋で何事か相談をしてから、芳枝と山崎たちを呼んで、文代や波越とともに事件を整理し始めます。その際、波越が模造紙に書いた巨大な表が登場するのですが、「どうして」が「どおして」と書いてあります。なんか可愛い。芳枝と山崎も、東京へ帰るという明智の言葉に驚きますが、菊太郎が自分の遺産を芳枝に相続させるという遺言状を東京の弁護士に届けるのだから、あなた方の役にも立つのだと明智は言います。これは、心細いのだと言ってしなだれかかってきた芳枝を明智が拒絶したことを、芳枝が「明智先生はお忙しそうだから、最近は山崎さんに頼りきりなんです」と後で皮肉ったことに対する仕返しなのかも知れません。明智先生、意外と根に持つタイプなのでしょうか。そして、菊太郎は熱川で食事をしてくると言って東京へ帰る車に同乗します。

夜、サロンでブランデーをちびりちびりと飲んでいる菊太郎。普段はビールしか飲まないのを不審に思った山崎は声をかけますが、菊太郎がやけに塩対応なので先に寝ると言って下がります。そして、菊太郎の寝室に緑ずくめの怪人物が侵入して、寝ている菊太郎を絞め殺そうとしますが、老人とは思えない怪力の菊太郎に抵抗され、目元を覆う緑色の仮面を剝がされそうになるとピストルで菊太郎の胸を撃ってしまいます。銃声に気づいた芳枝が菊太郎の死体を見つけ、慌てて警察に通報しますが、菊太郎の寝室に戻ってみると蛻の殻。困惑する財産収奪コンビは慌てふためき、警察に訴えるも現地の刑事たちはなぜか半笑いで全く相手にされません。そこへ夏目太郎から「水族館の奥に夏目菊太郎の死体を捨てた」という電話がかかってきて、山崎は「そんな馬鹿な!」と驚きます。夏目太郎は芳枝と山崎が化けているのだから、電話などかけられるはずがありません。それを聞いた刑事たちが「やっぱり犯人が死体を持っていったのか」「水族館ですね!」と唐突にやる気を見せ始め、芳枝と山崎も水族館へ。

大団円は水族館の水槽の前。倒れていた菊太郎が起き上がり、波越警部が本物の夏目菊太郎を連れて現れます。襲われたのは偽者の菊太郎、つまり明智でした。ピストルの弾をすり替え、空砲と血糊で撃たれたフリをするという念の入れよう。正体を明かしたうえで財産収奪コンビを追い詰めていきます。「君、山崎。君が緑衣の鬼、夏目太郎、笹本静雄。この三役を務めた、真犯人だ!」と、明智先生にしては珍しく大声で、指先を突きつけながら山崎を名指し。さらに、山崎の相棒である芳枝が二人一役を務めていたことを明らかにします。前作「死刑台の美女」は宗方博士と復讐者・山本始が事実上の一人二役でしたが、今回は逆バージョンです。追い詰められた山崎は毒を飲んでから、なぜか水槽に飛び込んで死にます。溺死したいのか服毒死したいのか、よくわかりません。さらに芳枝まで毒を飲み、「明智、呪ってやる…」と呪詛の言葉を吐いてから、こちらも水槽に飛び込みます。水槽の中で山崎に抱き着く芳枝。「恐ろしい人だったけど、死に顔は美しいわ。静かで」と文代がつぶやいてエンドロール。

次作「黒水仙の美女」は『暗黒星』を原作としながら、犯人を別の人物に変えるという芸当をやってしまっていますので、第4作で原作踏襲の流れは一旦途絶え、比較的原作に忠実な作品は第7作「宝石の美女」まで待たなければなりません。しかし、探偵と犯人の一人二役という「死刑台の美女」に続いて、被害者たちと犯人の二人一役という趣向を凝らした「白い人魚の美女」は、原作のトリックをしっかり再現してお茶の間の意表を突こうとする制作陣の心意気を感じないでもありません。

本作のみどころ:伊豆の洞窟でコウモリにビビり、少女のような悲鳴を上げる波越警部