江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「死刑台の美女」を観る

3作目にして美女シリーズの影の主役と言っても過言ではない、伊吹吾郎が遂に登場します。「死刑台の美女」、「妖精の美女」、「桜の国の美女」で3度にわたり犯人役を演じた伊吹吾郎、本作では犯罪研究家の宗方隆一郎に扮します。冒頭、明智小五郎は宗方邸を訪れ、妻の入院を理由に香港で開催される世界犯罪学会への代理出席を宗方博士から依頼されて快諾。前回、50年を費やした大事業の邪魔をされないよう明智拉致監禁しながら、その詰めの甘さが災いしてまんまと脱走され、完膚なきまでに邪魔されてしまった奥村源造の失敗談を宗方博士は知り、「北風と太陽」よろしく明智をうまいこと厄介払いする方法を編み出したのでしょう。さすがは学者、失敗は成功の母を実践していると言えます。まぁ、宗方博士も失敗しますが。

美女シリーズではお馴染みの悪趣味なコレクションの数々も本作にてお披露目。宗方が自分専用の研究室に展示していたコレクションはこの事件の後、推理小説の大家ということになっている大河原義明が購入し、「エマニエルの美女」で大河原がそのコレクションの中のギロチンで首を刎ねられた後は、「天使と悪魔の美女」の青木愛之助の手に渡ったのかも知れませんね。大河原義明の首を刎ねたギロチンなんて、超レア物でさぞかし高価だったことでしょうし、青木愛之助のような金に糸目をつけない資産家だからこそ手に入れられたとしか考えられません。ちなみに青木愛之助も「天使と悪魔の美女」で殺されてしまったので、行き場を失ったコレクションの数々は明治大学博物館に寄贈されました。嘘です。

そして、「死刑台の美女」でいよいよ美女シリーズ名物、裸要員の女優もやってきました。記念すべき?初回は、復讐の毒牙が迫る川手庄太郎の三女・雪子役の結城マミ、次女・ハル子役の三崎奈美と裸連発です。前作の夏樹陽子のヌードダブルでは不満に思う視聴者がやはり多かったのでしょうか。殺された挙句、雪子はマネキンを積んだトラックから落とされ、ハル子はすっぽんぽんで死体を公衆の面前に展示されてしまいます。可哀想に。しかし、それはそれで制作陣も物足りなかったのか、諦めずヌードダブルにも川手家の長女・民子役のかたせ梨乃で再挑戦。後に山村美紗原作の「名探偵キャサリン」シリーズで、通称キャサリンの希麻倫子(きあさ・りんこ)というどう考えても無理のあるドラマ化をやらされる羽目になったかたせ梨乃ですが、「死刑台の美女」では復讐に巻き込まれて監禁され、体の真上を振り子が揺れ続け、振り子でキャミソールを切り裂かれるという謎の羞恥プレイの刑に処されます。どことなく、むっつりスケベですよと言われたら納得してしまいそうな顔つきの伊吹吾郎、かたせ梨乃を羞恥プレイでいたぶったのは復讐というよりただの趣味なんじゃないかと思えてなりません。

そんな川手家は「一家皆殺し」を予告するイタズラ電話に悩まされ、波越警部に連れられて民子が明智の事務所にやってきますが、世界犯罪学会出席を理由に依頼を断り、あろうことか宗方博士を紹介する明智。訪ねてきた民子と波越警部を前に「僕は犯罪者側の心理から犯人を追求していく。僕の方が適任です」と自信満々の宗方ですが、内心では飛んで火にいる夏の虫といった心境でしょう。堂々と川手家に入り込み、大手を振って復讐に精を出せます。明智が香港へ経つと、早速川手家の長女・雪子が泳ぎの練習中のプールへ行き、警察を名乗る偽電話で誘い出しますが、刑事と称して現れたのは帽子・サングラス・マスクの大男。こんな刑事がいるか!警察手帳くらい見せてもらわなければいけません。雪子はまんまと殺され、マネキン工場のトラックの荷台から落ちて死体となって発見されますが、発見時に警官がちゃっかり雪子の胸を揉んでいます。死体に対するセクハラです。

原作『悪魔の紋章』同様、「死刑台の美女」にもいわゆる三重渦状紋という不気味な指紋が登場します。ポプラ社版のジュブナイルでは『呪いの指紋』というよりズバリなタイトルになっていましたが、眠れない夜に天井の木目を見ていたら顔に見えてきたような、そんな不気味さを持つのが三重渦状紋です。さすがは犯罪研究の大家・宗方隆一郎博士、どういう道具立てが復讐の効果を高めるか、憎らしいほど熟知していますね。原作では、中盤まで宗像隆一郎博士(原作は「宗方」ではなく「宗像」)が姿なき復讐者にひたすら出し抜かれ続け、そこへ明智が登場しますが、さすがに「美女シリーズ」ともなれば全く明智が出てこないのは不自然そのものなので、香港行きというもっともらしい口実をつけたのでしょう。そういうところの整合性はとれるのに、あちこち無理筋なのが美女シリーズの玉に瑕であり、かつ魅力でもあります。

さて、美女シリーズお馴染みの美女役は宗方の妻・京子役の松原智恵子。実は本名、山本始の宗方博士の妹・早智子がその正体で、冒頭で明智の前に車椅子で現れて脚が悪い、今度入院したら二度と退院できないかも知れない、よよよ…とクヨクヨしてみせますが、これも真っ赤なお芝居だったわけです。「実は兄妹」パターンは後年、「禁断の実の美女」でも使われますが、そういえばあの回も復讐譚です。おっと、ネタ切れゆえの使い回しなどと言ってはいけません。原作では宗像博士の妻は一度も姿を現しませんが、この辺りから少しずつ大胆な原作の改変が入ってきたなという印象です。北園竜子も、川手庄太郎の財産を狙う腹違いの妹で華道の師匠という設定で序盤から堂々と登場しますが、やはり視聴者に疑いを向けさせるわかりやすいスケープゴートが必要ということでしょうか。ちなみに宗方博士は須藤と名乗って北園竜子ともいい仲になっているようですが、ここまでくるとまるで大江春泥のような男です。

原作同様、宗方の手引きで川手庄太郎は隠れ家へと逃亡しますが、「死刑台の美女」では民子も同行し、途中まで車の運転を明智が担います。「つけてくる車もないようだ」とわざとらしく言う宗方が白々しい。そもそも隠れ家の場所を知るのは宗方だけなのだから、尾行の必要など最初からないわけです。前作「浴室の美女」では西村晃演じる魔術師が無声映画に講談よろしく解説をつける再現VTRスタイルで父親の仇に復讐の意図を丁寧に説明するという趣向が凝らされていましたが、「死刑台の美女」ではそれがさらにパワーアップ。隠れ家となっている宗方博士の知り合いの和尚が住職を務める寺から川手親子をおびき出して墓地まで連れていき、わざわざ用意しておいた川手親子の墓標を見せたうえで、川手家に復讐するに至る経緯を芝居「ある惨劇」として見せてくれます。このためにわざわざ役者まで用意するとは、しかも若き日の宗方博士役の子役まで(ちなみにこの子役の方は、後にNHKのアナウンサーになられたそうです)。これも一種のロールプレイというヤツでしょうか。復讐に燃える宗方がこの芝居のシナリオを書き、監督よろしく丸めた台本を持って「よーい、アクション!」、「このシーンはもっと感情を込めて!」などと熱血演技指導をする姿を想像すると、どうにも陰惨な復讐劇がコントに見えてきてしまいます。あまり舞台裏の詮索を逞しくしてはいけません。ちなみに復讐のために30年の年月を費やしたのだそうですが、前作の畢生50年の復讐劇もいまひとつ詰めが甘かったので、時間をかければよいというものでもなさそうです。

川手庄太郎を生きたまま棺桶に閉じ込め、川手民子を監禁した宗方はいよいよ仕上げにかかります。三重渦状紋を持つ指を自ら切断した北園竜子を始末し、復讐者・山本始の偽者を自殺に見せかけて転落死させます。宗方博士は民子が見つかっていないのに「事件は終わった」と早々に結論づけるばかりか、頃合いを見計らったかのように「墓地の納骨堂に川手庄太郎の死体があるんじゃないか」とわざとらしく推理して見せ、明智や波越警部らとともに例の隠れ家の寺へ駆け付けます。和尚に納骨堂を開けさせ、棺桶を見て「やはりありましたね」とニンマリ。少しくらい、依頼主を守れなかったことを後悔するお芝居をしてはどうなのでしょうか。ところが、棺桶を開けてみると中身は空っぽでさすがの宗方博士も驚きを隠せません。棺桶から脱出した川手庄太郎が白髪鬼となって、今度は向こうが復讐者となってやってくる可能性すらありますが、幸か不幸か川手氏は棺桶に入れられる前から白髪です。空っぽの棺桶を前に「僕の勝ちのようだね」と笑う明智、どうしてこうも勝ち負けを決めたがるのでしょうか。そしてお決まりの、「川手庄太郎氏が発見され、病院に入院中。明日には意識が戻る」という偽情報で病院へおびき寄せられる宗方博士。川手氏を棺桶に閉じ込める際に素顔をさらしてしまったので、何としても口を封じるしかありません。のこのこと病院にやってきて川手マネキンをメッタ刺しにして、逃げていく宗方の車のトランクには文代が潜んでいたのですが、なぜか文代が隠れていることには早々と気づき、首を絞められてしまいます。復讐者の正体が宗方だと見当がついているにもかかわらず、文代を危険にさらす明智。いつもながらお前は鬼か!

最後の見せ場は、処刑室のギロチン振り子で殺されそうになる民子。文代は十字架に縛り付けられ、手足を引きちぎられそうになります。いよいよ文代と民子が危機に瀕したところで、宗方邸を訪ねてくる波越警部。病院で川手庄太郎を殺害した男を追ってきたが、宗方邸の周辺で見失ったという波越に「それは残念でしたね」とけんもほろろの宗方博士。一刻も早く処刑室に戻って処刑を再開したいのでしょうが、一応川手庄太郎は依頼主だったのだから「僕も捜索に協力しましょうか」くらいは言った方がよいのではないでしょうか。波越は無駄話をして帰っていきますが、波越をさっさと追い払った宗方夫婦が処刑室に戻ってきて再び拷問具のスイッチを入れると、すぽんと抜ける文代の手足。民子の体も振り子でスパッと切れ、「30年間構想を練り続けた復讐の美学が遂に完成した」と呵々大笑する宗方。宗方の哄笑に、死んだはずの山本始こと須藤の「ハハハハ、アッハッハッハッ…」という声が重なります。狼狽する宗方夫婦の前に須藤が現れますが、須藤は宗方の変装なのですから現れるはずがない。そして、明智が正体を現しますが、例のBGMもなければ、今回は糊が残りやすいフルフェイスのマスクもつけておらず、付け髭に帽子、サングラスの簡易な変装です。初期ですから、制作陣も試行錯誤の連続だったのでしょう。

正体を明かし、復讐計画の成功を確信して滔々と喋る宗方博士。転落死した偽の山本始は浮浪者だそうですが、後に東野圭吾容疑者Xの献身』でこの手法が問題視されるとは知る由もありません。犯罪という美学を前にしては浮浪者の命など取るに足らないものだと宗方博士はお考えなのかも知れませんが、波越警部があのタイミングで無駄話をするためにやってきた理由を考えもしないのは、奥村源造ほどではありませんがいささか詰めが甘いと言わざるを得ません。次女と三女、そして山本兄妹の両親を殺害した川手庄兵衛の血を引く北園竜子の殺害にこそ成功したものの、人形とすり替える明智お得意のトリックにまんまと騙されて大本命の川手庄太郎は仕留め損ねたばかりか、長女まで生き残ってしまいました。川手庄兵衛の子孫根絶やし勝負は三勝二敗とはいえ、勝率はいまひとつです。追い詰められた宗方博士は自邸を爆破するスイッチを入れようとし、その前に「君が死ぬのを見たい」と明智銃口を突きつけますが、銃声とともにくずおれるのは明智ではなく宗方。宗方の妻・京子こと、妹の早智子の手にピストルが握られていました。嗚呼、ここでも奥村源造と同じく身内に裏切られてしまうとは。犯罪に走るならば、まず身内の理解をしっかり得ておかなければなりません。曲がりなりにも前作の奥村綾子は「父に罪を重ねさせたくない」という動機から父の邪魔をしていましたが、山本早智子は明智への恋心ゆえに宗方博士による明智の殺害を邪魔したようです。何て罪深い名探偵なのでしょう。最後は早智子も自らをピストルで撃ち、兄とともに自殺します。氷柱アーティスト、魔術師の娘ときて、今度は犯罪者兄妹。明智は裁判を省略して被疑者死亡による書類送検で簡単に済ませたいと考える司法のお偉いさんから賄賂でも受け取っているとしか思えなくなってきます。

細かいところで少しずつ原作からの逸脱という言わば独り立ちを始めつつも、明智による変装がおとなしめだったり、裸要員の女優も起用しつつヌードダブルも併用していたり、土台が築かれたようでいて試行錯誤の時期だった初期美女シリーズの「死刑台の美女」。当の美女は死刑台送りを拒否して自ら命を絶つという矛盾を孕んだ表題ですが、何はともあれ氷柱、浴室、死刑台の3作によって美女シリーズの方向性は固まったと言える、そんな記念碑的な作です。

本作のみどころ:波越警部の尻で潰されそうになる北園竜子家の黒猫ミーコちゃん