江戸川乱歩再発見

江戸川乱歩の本を読み返して、いろいろ考える。

江戸川乱歩の美女シリーズ「妖精の美女 明智小五郎対怪盗ルパン」を観る

美女シリーズ第6作にして、初のサブタイトルつき。「明智小五郎対怪盗ルパン」と、恰も黄金仮面の正体はさもアルセーヌ・ルパンですよと言わんばかりに煽ってきますが、終盤になって明智小五郎は「パリで美術品の窃盗を重ね、怪盗ルパン2世とまで言われた男」と黄金仮面を呼んでいますので、実は本作の黄金仮面は本家ルパンではなく、「平成の明智光秀」とかそういう次元の代物でしかなかったわけです。頑張って原作に合わせたのでしょうが、ルパンという固有名詞は必要だったのでしょうか。大島家の三女とお手伝いのヌードよりも必然性に劣ります。

本作で柏原貴演じる小林芳雄少年が初登場するのですが、何の紹介もされません。まるで、もともといたかのようです。いや、「氷柱の美女」では役者は違えど小林はいたので、まるっきりいないということではなかったのかも知れませんが、いずれにせよ唐突な登場です。初登場だけあって演技もいささか棒気味ですが、後に小野田真之というもっと棒演技の小林少年が登場しますし、第1作の大和田獏も若かりし頃とあって演技の初々しさは拭えませんので、演技の質は二の次で小林少年は存在していることの方が重要だったのでしょう。

さて、黄金仮面は盗みはするが殺しはしない、怪人二十面相のような盗賊です。あえてアルセーヌ・ルパンとは言いません。今度は箱根・芦ノ湖畔の大島美術館が所蔵する、富豪・大島喜三郎の秘宝を狙っており、明智小五郎も呼ばれていくのですが、そこにやってきたのがロベール・サトウ(伊吹吾郎)とジョルジュ・ポワン(ジェリー伊藤)。出ました伊吹吾郎、「死刑台の美女」で宗方博士を演じてからすぐの再登板ということで、余程美女シリーズ制作陣は伊吹吾郎が気に入ったのでしょう。そしてジェリー伊藤、フランス人でもないのに在日フランス大使館員役を演じさせられていますが、「どうせ日本人はアングロサクソンの国籍の違いなんか顔を見ただけではわかんねぇだろう」という制作陣の安易な考えが透けて見えますね。何度訂正されても日本人丸出しの波越警部が「ジョルジュ・ドカン」と言い間違えるのも、国際感覚に乏しい日本のおじさんを徹底的に戯画化しているように思えてなりません。ちなみにジェリー伊藤は数年前に亡くなられてしまいましたが、後にNHK教育テレビえいごであそぼ」にグランパ役で登場しており、劇団ひまわりに所属する子役だった小生も実は共演経験があります。

箱根の大島邸で黄金仮面を迎え撃つ明智たちですが、大島家の三女が入浴中に殺されてしまいます。三姉妹のうちでなぜか三女だけ棒演技なのは言うまでもありません、裸要員だからです。ちなみに痴情のもつれで三女を刺殺するお手伝い・小雪役の野平ゆきも裸要員なので、裸要員が裸要員を裸のまま殺すという珍しい構図が見られます。小雪は三女の殺害の罪を黄金仮面に着せようとするというなかなか思い切った犯行に及びますが、あっさり明智に見破られてしまい、小雪は美術品の展示室に閉じこもります。ところが、その展示室に潜んでいたのは何と黄金仮面。手の甲に大きな痣がありますが、いかにもメイクで塗っていますよという感じの痣です。もしやこれはレッド・ヘリングかなと思うところですが、単に当時のメイク技術がいまひとつだっただけでしょう。実はこの痣アリ黄金仮面はロベール・サトウではなく部下の浦瀬という男なのですが、小雪はこの浦瀬の手引きで展示室から脱出し、芦ノ湖をモーターボートで逃亡します。仮面にマントでボートを操縦するのは視野も狭いし、しんどそうです。「湖畔?追えーっ!」という波越警部の一声で追跡が始まりますが、車で追いかけるシーンと、明智・波越がボートを漕いで追いかけるシーン、どちらも定番のBGMが使われています。脚本はツッコミどころ満載ですが、鏑木創の音楽はセンスが光ります。

さて、大島家は長女・絹枝がロベール・サトウと交際中なのですが、箱根での一件を契機にジョジュ・ドカン、じゃなくてポワンと大島家の次女・不二子(由美かおる)がくっついてしまいます。大島姉妹とサトウ、ポワンはテニスコートでダブルデートに勤しむのですが、その最中、ポワンに言い寄る謎の女が登場。♪ウララウララウラウラで〜、で知られる山本リンダが演じています。近年は「ちびまる子ちゃん」でまる子が歌ったり踊ったりと真似をすることで間接的に見る以外は、ほとんど創価学会員としての活動でしか見かけることのないリンダですが、ポワン相手にフランス語らしきものをまくし立てます。ちなみに山本リンダは日米ハーフだそうなので、本作にフランスと所縁のある役者は誰も出演していません。時代的に、日本語をある程度話せるフランス人の役者が見つからなかったのでしょうか。

そして、大島不二子役の由美かおる。「水戸黄門」のイメージが強い、というより水戸黄門のお銀役以外の出演作がとんと思い当たらないのですが、「007は二度死ぬ」で死んでしまう方のボンドガール、若林映子を彷彿とさせるエキゾチックな容貌が美女シリーズに華を添えます。黄金仮面に惚れ込んでしまうあまり明智にピストルを突きつけるわ、記憶喪失のフリをするわ、大島家のお手伝いさんを縛り上げ、執事にもピストルを突きつけて脅したうえ、大島家所蔵の仏像を愛しの黄金仮面に献上するべく勝手に持ち出すわ、とにかくとんでもない女になってしまいましたが、部下を何人も従える黄金仮面のこと、三姉妹で唯一腹違いという複雑な出自に苦悩する小娘を篭絡することなど、赤子の手を捻るようなものだったに違いありません。不二子はまんまと味方に引き入れられてしまい、黄金仮面一味が埠頭に明智を呼び出してオートバイで襲撃し、始末する手伝いまでさせられています。そして恒例の明智死亡の新聞報道と、悲嘆にくれる明智探偵事務所。「先生は不死身よ!」と文代は咽び泣きますが、そろそろ今回もどうせ死んだフリに過ぎないと感づき始めたのではないでしょうか。文代はわざわざ遺影のように置かれている明智の白黒写真に合掌しようとする天下の無神経男・波越の手をはたきますが、黄金仮面が事務所内のどこかに隠しカメラでも仕掛けていて、明智の死を信じ込ませるためにあえてやっているのではないかと思わせるものがある一幕です。

明智不在の中でロベール・サトウに届く黄金仮面からの予告状。年越しパーティーに参上するということで、波越警部は敵討ちのチャンスといきり立ちます。先生は死んだと決まったわけではないと文代に叱られたのをもう忘れたのでしょうか。敵討ちに燃える波越警部は警官隊を率いて私服でロベール主催の年越しパーティーに張り込みますが、そこに新顔の給仕長が登場。「クサいぞ~」とここではピンと来る波越ですが、「浴室の美女」の時は波越にだけ生存を打ち明けていたにもかかわらず、今回は波越にも打ち明けていなかったようです。やはり明智にしてみるといまひとつ信用できないのかも知れません。停電とともに浮世絵を盗みにやってくる黄金仮面ですが、ロベールにピストルで撃たれます。ロベールはフランス企業の日本支社長なので外交官でもなく、どう見ても銃刀法違反でしかありません。波越警部らが黄金仮面を仕留めたと喜んだのも束の間、給仕長がなぜかその場を仕切り出したことに訝る波越ですが、やはり正体は明智。満を持して給仕長のマスクを剥がしますが、この時もあの定番のBGMは流れません。あれは意外と後になってから生まれたものなのです。明智は、目の前にいる瀕死の黄金仮面はただの部下に過ぎないと言い、ロベールこそ真の黄金仮面であると名指しします。同時に、ポワンは黄金仮面を追って来日しているパリ警視庁の特命捜査官であることも明かされます。警部だそうなので波越と同格ですが、波越よりは有能そうです。なお、黄金仮面の罪を着せられて始末される部下・浦瀬は森次晃嗣が演じており、後に「五重塔の美女」でも別役で登場します。

正体は暴かれたものの、「黄金仮面は不死身だ。地の果てまでも逃げ続ける」と宣言し、「愛する人ができたから」というロベール。絹枝は「いやよ、泥棒なんて」と拒否しますが、明智は「黄金仮面の恋人は不二子さんです」と冷ややかに訂正。ロベールといい仲なのは自分だと信じきっていた絹枝の恋心をたった一言で粉砕する明智、いつもながら鬼です。ロベールは煙幕を張って逃走しますが、ここで波越がゲホゲホしながら「ひ~っくしゅん!」とやるのはザ・ドリフターズのかつての仲間、加藤茶へのオマージュだったのでしょうか。もしかしたら荒井注のアドリブだったのかも、と考えるとちょっと素敵ですね。

ロベールは箱根の隠れ家へ逃亡しますが、何度も黄金仮面に出し抜かれた明智も今度は失敗しないぞとばかりに、文代たちに車で追跡させていました。車に同乗しているセシルこと山本リンダも実はパリ警視庁の警察官。ポワンがここで初めて名前を呼んでくれたので、セシルという役名がわかりました。しかし、ポワンにテニスコートで噛みつく一幕は果たして必要だっただろうかと思わないでもありません。さて、巨大な石仏の中が黄金仮面の盗品の倉庫になっていたということで、黄金仮面ルックの手下たちが美術品とエッチラオッチラとトラックまで運びます。マントにマスクは黄金仮面一味の制服で、就業中は必ず着用しなければいけないのでしょうか。ちゃんと就業規則にでも書いてあるのかなと心配になってしまいます。一方、ロベールと不二子は石仏の中で、大島家から盗んできた仏像を前にウットリ。力仕事を部下にやらせておいて自分は女とイチャコラしているような首領でよいのでしょうか。警察は先にトラックを包囲して手下たちを一網打尽にしてしまいますが、手下は「ロベール・サトウはどこだ!」とポワンに問い詰められると即座に石仏を指さすなど、あっさり首領の居所を警察に教えてしまいます。首領たるもの、黄金仮面一味の結束を固めたいのなら女といちゃついていないで、力仕事も率先してやらなければなりません。

ロベールと不二子が車で逃げようとするところを発見し、追跡班と石仏探索班の二手に分かれます。前者はもちろん明智を筆頭に波越、文代、小林と、なぜかセシル嬢も車に乗っているのですが、ポワンは明智の指示で石仏探索班の方へ行ってしまいました。別にこの後セシルに見せ場らしい見せ場はないので、なぜセシルだけ追跡に加わるのかよくわかりませんが、男くさい追跡班に彩りを添えようということでしょうか。文代では彩りにならないなどと言ってはいけません。アングロサクソンのリベラルな気風に起因するジェンダーバランスへの配慮でしょう、知らんけど。そして、箱根の山を猛スピードを出して車で逃亡するロベール、危うく一般車両を巻き込んで事故を起こしそうになっていますが、『蜘蛛男』でも「相手はお役人である。給金で運転しているのだ」という印象的なセリフが出てきます。逃げるために死に物狂いで車を運転したからこそ、蜘蛛男はパトカーの追跡を振り切ることができたのですが、そのことを知ってか知らずか、ロベールを追う車は給金で食っているわけではない明智が運転します。

ロベールは途中で車を乗り捨て、箱根ロープウェーのゴンドラへ逃げ込みますが、なぜか自分でレバーを操作して、ロープウェイを作動させます。箱根ロープウェイの従業員は何をしているのでしょうか。明智たちが追いついてレバーを操作し、ゴンドラを宙づり状態で止めてしまいますが、なぜか余裕のロベール。何と逃走用のヘリコプターを用意しており、ゴンドラに閉じ込められていた首領を助けにやってきたのです。最後の最後は手下に見放されなくてよかったですね。どうせならもう一度ゴンドラを動かして、ヘリコプターに飛び移りにくようにすればよいと思うのですが、そんなことを思いつけるような追跡班ではありません。ロベールと不二子はまんまと縄梯子に飛び移り、ヘリコプターで逃走。ちなみに、ロベールと不二子がロープウェイに乗ったのは姥子駅であることが、一瞬映る駅の文字から読み取れます。現在の姥子駅前にはロベールと不二子が乗った頃のロープウェイのゴンドラが、退役して静態保存されています。

「妖精の美女」以前の事件では毎回、犯人に自殺されてしまっていた明智。今回は逮捕もできず、自殺もせず、ロベールにも不二子にも完全に逃亡されてしまうという、自殺されてばかりの明智にしては異色の失態となる幕切れですが、あまり現実味のない紳士盗賊のエピソードを、曲がりなりにもしっかりとドラマに仕上げているところは評価されてよいと思います。ドラマ制作陣も黄金仮面を気に入ってか、オリジナルエピソード「黄金仮面Ⅱ 桜の国の美女」まで後に作ってしまうのですから、「妖精の美女」はある種伝説的な作品と言えましょう。伊吹吾郎も全編、カタコトっぽい日本語で喋るのは大変だったことでしょうが、そこはさすがの名優、違和感はゼロではないものの、こんなものかと思われてくれます。初めて、冒頭で明智が黄金仮面について視聴者に語りかけるという手法が導入されており、ドラマ制作陣が新機軸に挑んだ意欲作であると言えるのではないでしょうか。…今回はちょっと褒め過ぎか?

なお、本作ではチョイ役でしか登場しない詫摩繁春は「桜の国の美女」ではメインキャストを演じる宅麻伸として再登場します。宅麻伸はもともと天知茂の付き人で、その縁で美女シリーズに何度もチョイ役で出演しているのですが、天知茂宅麻伸以外にも、自身の付き人やプロダクションの役者の面倒見がとてもよい方だったとか。刑事役として何度も出演する北町嘉朗や宮口二郎、「大時計の美女」で岩淵甚助を演じる岡部正純も言わば天知一家だったそうです。名優・天知茂、返す返すもクモ膜下出血による54歳での急逝が惜しまれますね。天知茂演じる明智小五郎が、もっと見てみたかった。

本作のみどころ:いつも以上に糊がベットリで不良品としか思えない明智の給仕長マスク

江戸川乱歩の美女シリーズ「黒水仙の美女」を観る

屋敷の中を、庭を、バク転しながら飛び回るコウモリのような怪人物。ウフフフフフ、エヘヘヘヘヘ…という笑い声が不気味です。今回の舞台は彫刻家、伊志田鉄造の屋敷。伊志田はグロテスクな彫刻ばかりを生み出しており、個展でその彫刻の口から血が滴り落ちます。すわ伊志田家を呪う犯人の仕業か…!?と思いきや、奔放な娘のイタズラ。まぎらわしいことを。

ようやく美女シリーズの定型が固まってきたと言っていい「黒水仙の美女」。メインゲストは伊志田鉄造の長女・待子役のジュディ・オングのようですが、伊志田待子よりも江波杏子扮する看護婦の三重野早苗の方がなんだか目立っている印象です。晩年の、野際陽子にも通ずる気風のよい老婦人のイメージが強いですが、お若い頃はまさに美女。でも気は強そうです。

伊志田鉄造役は岡田英次。「エマニエルの美女」では弟子に代作をさせながら推理小説の大家ということになっている大河原義明役、原作『影男』とは言いながら登場人物の名前以外にその痕跡がほとんど見当たらない「鏡地獄の美女」では宝石商の毛利幾造役と自業自得ながら酷い目に遭わされる役柄ばかりです。大河原はご自慢のコレクションのギロチンで首を刎ねられ、毛利は台に縛り付けられて電動ノコギリで切断される寸前で助け出されるも実は毒を飲まされていて最後は殺されてしまうので、どうにか殺されずに生き残る「黒水仙の美女」での扱いがシリーズ中では最もマシと言えそうです。

もう1人、強烈なインパクトを与えるのは伊志田家の離れに住み、いつも伊志田家を呪う儀式に勤しんでいる伊志田たみ(原泉)。たみさんは伊志田鉄造の亡き先妻・静子の母親で、このバアさんが儀式を行っている時のBGMはおどろおどろしさを際立たせていて好きですね。登場する場面は呪いの儀式中か寝ているかのどちらかで、全盛期の創価学会員よりも勤行に熱心なのではないかと思わせてくれるレベルです。なお、後述の北公次の葬儀は創価学会員による友人葬だったとか。たみさんが儀式を始めると静子の幽霊が御簾の向こうに現れ、たみさん曰くその幽霊が伊志田家の人間を殺して回っているそうですが、実はその幽霊は御簾の陰に設置されているスクリーンに映し出されたもの。当然たみさんの呪いの儀式に効果などあるはずもなかったのです。死に瀕して、自分の呪いの儀式に何ら効果がないことを真犯人の手で知らされる羽目になったたみさんの胸中を慮らずにはいられません。

さて、伊志田の個展で彫像から血が流れる一件を見ていた明智はその後、伊志田の長女・待子から「悪魔のような黒い影」の話を聞かされ、一度は「ご兄妹のイタズラでしょう」と一笑に付しますが、その夜悪魔の笑い声を待子から電話越しに聞かされ、慌てて伊志田邸へ急行。待子は黒い影に首を絞められて気を失っており、看護婦の三重野早苗に出迎えられます。逃げ惑う待子は「早苗さん!」と助けを求めていましたが、黒い影の正体は早苗なので助けに現れるはずもありません。そして明智自身も庭の木から木へと飛び移り、バック転で逃亡する黒い影を目撃し、結局見失いますが、離れで儀式中のたみさんに出会い、「他人がこの忌まわしい呪いの家に関わらん方がいいぞ」と警告されます。しかし、明智は幽霊に興味を持ったのか、単にジュディ・オングに惚れたのか、伊志田邸への泊まり込みを決めます。いつもながら文代は「先生、美人に弱いんだから」と不満を漏らしますが、波越警部から「その点君なら大丈夫だ」と余計なことを言われ、鬼の形相で波越の煙草を箱から一本ずつ抜き取って投げつけるにもかかわらず、「お、おれなんか言った?」とまるで無自覚の波越。捜査能力が皆無であるだけでなく、デリカシーもなさすぎです。五十嵐めぐみだって立派な美人だぞ。

荷ほどきをする明智の前にチープな悪魔の仮面をつけて現れたのは伊志田の長男・太郎。原作では一郎なのですが、なぜか変えられています。伊志田家の屋敷をぶっ壊してマンションを建てたいのだが親父は全然理解がない、僕は実業家になりたいのだと明智に語りますが、太郎役の北公次、かなり棒読みです。Wikipediaを見る限りかなりスキャンダラスな生涯を送っていたようで、最初期のジャニーズにいたんですね。ステージでバク転を披露した初のアイドルなのだそうで、悪魔の黒い影の正体をミスリードするために起用されたのではないでしょうか。キャスティングで視聴者を騙そうしたのだとすると、これはなかなかにメタ的な手法ですが、美女シリーズ制作陣がそこまで考えていたのかはわかりません。明智はこの後もたみに「お前の顔にも星が見えるぞ、真っ黒な死の星が!」と遠回しな死刑宣告を受け、伊志田家の財産を独り占めしたい次女・悦子からは「あたしと組まない?」と家族皆殺し計画への協力を持ちかけられ、しまいには黒い影を追うのに夢中になるあまり、足元に張られた糸を切るとピストルが発射される仕掛けにまんまとはまってしまい、左肩を撃たれて入院する羽目になってしまいます。ここまでは精彩を欠くばかりで、見せ場らしい見せ場はほとんどありません。頑張れ明智

そんな名探偵を嘲笑うかのように、明智が負傷して伊志田家からいなくなるやいなや、怒涛のごとく黒い影による犯行は加速。体の弱い三女の鞠子を部屋から連れ去り、その際に付き添っていた看護婦の早苗にも刃物で傷を負わせますが、黒い影の正体は早苗なので、これは「何者」をはじめとする乱歩作品ではお決まりの自作自演。鞠子の死体は時計台から首吊り死体となってぶら下げられ、晒しものにされてしまいます。病気に苦しみ、早苗に何度も自分を殺すよう訴えていたという鞠子の短い生涯がこんな殺され方で幕を下ろそうとは、同情を禁じ得ません。その後、鞠子の死体は部屋に安置され、鉄造の後妻で鞠子の母でもある君代がしばらく付き添っていましたが、その間に部屋の外ではまたもや狡猾な仕掛けが。君代が部屋を出た途端、ドアノブに引っ掛けられた糸が引き金を引いてボウガンから矢が発射され、君代は正面から心臓を貫かれて死んでしまいます。すでに鞠子殺しの通報を受けて波越警部ら警官隊が到着し、事情聴取が行われている最中にこの仕掛けをしたということになりますが、早苗にいつそんな細工をする時間があったと言うのでしょうか。曲がりなりにも容疑者なのですから、監視付きでもおかしくないのですが、まぁ捜査を率いるのは警視庁きっての無能こと波越警部なので、容疑者を野放しにしていたとしても何の不思議もありません。よく降格されないなと警視庁の情けの深さに涙が出てきます。

明智の怪我は快方に向かいますが、黒い影の暗躍はもう止められません。明智に代わって文代が伊志田邸を見張りますが、ここで、夜な夜な待子らしき女が時計塔から懐中電灯で怪しげな合図を送っていたという序盤で出てきたエピソードを視聴者は思い出させられます。その合図に応えるかのように、庭から懐中電灯で合図を送り返していた男が黒い影にハサミで刺殺されてしまうのです。ダイイング・メッセージは「まちこ…さん…」。この男は学生で、どうやら待子と恋仲だったようなのですが、アパートの部屋を調べに行った文代は、部屋から逃げようとする次女・悦子と遭遇。伊志田家の財産を手に入れるため、行動力にはやたら長けている悦子ですが、次なる犠牲者となってしまいます。

さて、ここまで一度も女の裸が出てきていませんが、遂に登場!泉じゅん演じる悦子がお風呂に入ります。それにしても、美女シリーズに登場する浴室はどうしてカメラで裸を撮影しやすい構造になっているのでしょうか。遮る扉も何もないので脱衣スペースまで水浸しになってしまいそうなのですが、これもすべて女の裸を視聴者に見せてあげるサービスのためと思えば、リアリティを犠牲にする涙ぐましさが感じられるというものです。財産の分け前が増えることに喜びを隠しきれない悦子は湯舟に浸かりながら笑い出しますが、その笑い声にかぶせてくる黒い影。すりガラスの向こうに現れたかと思えば、豪快にガラスを突き破って浴室に侵入してくると、ナイフを振り回して悦子をメッタ刺しにします。いかにも作り物という感じの色合いの血はご愛敬ですが、湯舟は血に染まり、浴室の壁にも豪快に血痕を残して、悦子は浴槽の中で息絶えてしまいます。明智がピストルで撃たれるように仕向けたり、ボウガンの矢で射殺したり、メッタ刺しにしたり、三重野早苗のなみなみならぬ凶暴性と伊志田家への憎悪が表れる犯行スタイルですね。

その三重野早苗、実は伊志田鉄造の先妻・静子の妹で、伊志田家の財産を手に入れられる立場にあったのです。しかし、早苗が財産を相続するためには伊志田鉄造以下伊志田家の面々が全員死んだうえで、尊属にあたるたみに財産を一旦相続させなければなりません。…若干、たみと早苗が親子というのは年齢的に無理がある気がしないでもありませんが、細かいことを気にしていては美女シリーズを観ていられません。早苗の出自がわかったところで、明智は伊志田家の面々を集めて謎解きを開始。さらに早苗に、たみが心臓発作で息を引き取り、早苗の遺産横取り計画は失敗に終わったことを告げます。

犯行を暴かれた早苗は、自分はかつてサーカスに拾われ、空中ブランコ芸のスターだったと語り、なぜかお得意のバク転で屋敷の時計台へ逃走します。この時、サーカス時代のド派手なメイクまで江波杏子自身による再現で映像が流れますが、さすがに年齢的な不自然さは隠しきれません。さらに、時計台から飛び降りようとする早苗が「音楽!」と声を張り上げると、♪チャーラーララー、となぜかそれらしいBGMが入ります。こういうメタ的な手法が唐突に挿入されるのも美女シリーズの魅力と言うべきでしょうか。サーカス時代を思い出しながら勢いよく飛び降り、空中で回転して地面に叩きつけられる早苗。「そこにはサーカスの派手な音楽も観客の拍手もなかった。呪いに満ちた、哀れな女の死であった」という明智のセリフとともにエンドロール。

本作のインパクトは何と言っても、クライマックスの数分、ひたすら早苗のサーカス時代の空中ブランコ芸が彼女の記憶の中でフラッシュバックするところでしょう。「音楽!」のメタ的手法も相俟って、美女シリーズがここへきて新たな地平を開拓したかのようにも映ります。実際の空中ブランコのシーンはスタントマンを使っているとはいえ、ド派手なメイクで踊るシーンを撮影する江波杏子も大変だったことでしょう。時計台から飛び降りて、地面に叩きつけられる早苗の体が明らかにマネキンとわかってしまうのはやや残念ですが、こればかりは仕方ない。

「氷柱の美女」では亡き兄の復讐、「浴室の美女」では父の仇討ち、「死刑台の美女」では父母の仇討ちと、全体的に復讐譚が多い美女シリーズですが、「黒水仙の美女」では復讐を遂げつつ、財産もしっかり頂戴してしまおうという三重野早苗の一石二鳥の伊志田家皆殺し計画が、これまでの復讐とは一風変わった凶悪さを見せてくれています。前作「白い人魚の美女」の芳枝と山崎の財産収奪コンビは完全に夏目財閥の財産目当てという動機なので、復讐と財産の横取りが組み合わされた動機というのは「黒水仙の美女」がシリーズ初です。その意味でも、美女シリーズは決して意味のない原作からの逸脱ばかりではなく、逸脱させるからにはそれなりの理屈をつけることができる脚本によって支えられているということを立証した作品と言えるでしょう。言い換えれば、この頃の原作の改変くらいまでは、まだ正当性もあったということです。

本作のみどころ:伊志田鉄造の気味が悪いだけでどう見ても芸術的ではない彫刻

江戸川乱歩の美女シリーズ「白い人魚の美女」を観る

冒頭からいきなり緑ずくめの怪人物の不気味な哄笑で始まる「白い人魚の美女」。出演者紹介ですでに笹本家のお手伝い・タマ子(日野繭子)の乳首もお尻の割れ目も拝めます。のっけから美女シリーズの本領発揮です。タマ子殺しの動機はよくわからず必然性もないので、乳首とお尻を出させるために浴室で溺死させ、全裸のまま浴槽に沈めたとしか思えません。前作「死刑台の美女」は一応、川手庄太郎の娘への復讐というもっともらしい動機がありましたが、一転して本作はヌードを見せるために犯行を一つ増やすという荒業。さぁ、いよいよ美女シリーズらしくなってきました。

原作は『緑衣の鬼』。イーデン・フィルポッツ赤毛のレドメイン家』を下敷きにした乱歩による翻案作品であり、乱歩は翻案に明智小五郎を登場させたくなかったのか、この作品では乗杉三郎なる高等遊民のような男が探偵役を務めています。が、そんな乱歩の胸中など知ったことではない美女シリーズ制作陣、あっさり明智シリーズの一編として「白い人魚の美女」を仕上げてしまいました。実は乱歩作品、オリジナルよりも翻案の方が破綻がなくて出来がよいというのは公然の秘密なのですが、ドラマ制作陣は後年、ロジャー・スカーレット『エンジェル家の殺人』の翻案で乱歩ファンの間でも評価が高い『三角館の恐怖』を美女シリーズでも一、二を争う駄作中の駄作「炎の中の美女」に改悪してしまいました。ロジャー・スカーレットも「炎の中の美女」を観たらぶったまげることでしょう。

夕方、仕事を終えて文代を車で家まで送っていくという明智。なぜか明智と文代は同じロゴ入りの白いジャケットを着ています。ビルの壁に映る巨大な影が、通りがかった笹本芳枝に襲いかかる…という出だしは原作同様なのですが、これは原作の時点ですでに無理があると言わざるを得ません。影を演じている男と芳枝がグルでない限り、こんな大仕掛けをうまくやるのは不可能でしょうし、芳枝の学生時代の後輩である文代が偶然にも通りがかったからいいようなものの、知り合いに誰も出会わなかったらどうするのでしょうか。原作には忠実でありながら、無理のある原作の瑕瑾が全く補われていません。

ペアルック探偵の明智と文代は車で芳枝を家まで送りますが、そこで正体不明の影に悩まされているという芳枝の夫、詩人の笹本静雄とも面会します。突然の停電とともに不気味な笑い声を上げながら窓の外に現れる影。影がいなくなると、入れ替わるように室内に現れて「殺される」と脅える笹本。影が落としていったロケットにはかつての芳枝の写真がはめ込まれており、こちらも脅える芳枝に「美しい人は知らず知らずのうちに罪をつくってしまうものです」と気障すぎる言葉をかける明智ですが、背後から文代が「オッサンええ加減にせぇよ」と言わんばかりのものすごい目つきで明智を見ていることには気づかなかったようです。この頃は小林芳雄も登場していないので、事務所には明智と文代しかいないのですから、最も身近にいる文代の想いに応えて思う存分キャッキャウフフしてあげればよいものを。五十嵐めぐみが文代を演じている間に結ばれてほしかったと思わないでもないですが、仮に明智と文代がゴールインして、後で高見知佳に交代したらドラマ全体が粗悪なラブコメになってしまいそうなので、結ばれなかった方が結果的に幸いだったかも知れません。高見知佳だと「チェンチェェェェイッッッ!文代、チェンチェイのこと世界でいーーーっちばん愛していますッッッ!」くらいやりそうで正視に堪えません。やっぱり結ばれなくてよかった。

明智はロケットの出所を調べるよう波越警部に頼み、芳枝の身を案じて笹本家の様子を見に文代を差し向けますが、時すでに遅し。リビングで気を失っている芳枝を、次に寝室で笹本静雄の死体を見つける文代ですが、緑ずくめの男に後頭部を殴られて自らも気絶してしまいます。夕方になっても帰ってこない文代を心配して笹本家に電話するものの応答がなく、ちょうど波越にロケットの出所も突き止めてもらったので、芳枝に確認すべく明智も笹本家へ駆け付けますが、気を失っている文代を見つけただけで、静雄も芳枝も消えてしまっています。水の音を聞いて浴室を覗いてみると…はい、お待たせいたしました。お手伝いのタマ子さんの全裸死体です。しかし、顔を浴槽の水につけて死んでいるので水中からでないと誰なのかはわからないはずなのに、文代は「お手伝いのタマ子さんだわ」と口にします。芳枝の生死はわからないはずなのに、後ろ姿を見ただけでなぜわかるのでしょう。もしや文代とタマ子はレズの関係で、文代はタマ子の裸を見たことがあるからわかったのでしょうか。そんなはずもありません。

さて、こうして笹本家から行方不明になってしまった芳枝の役を演じるのは夏純子。不良少女役、悪女役に定評のあった女優だそうですが、すでに引退されているようです。目力の強い大きな瞳が印象的ですね。脇を固めるのも夏目菊太郎役の松村達雄、菊太郎の娘・知子役の朝加真由美、菊太郎の秘書・山崎青年役の荻島真一となかなか重厚な布陣です。荻島真一は「白い乳房の美女」でも再登場しますが、俳優としては比較的早く亡くなられてしまいました。晩年、「ぶらり途中下車の旅」に出演されていたのを観たことがあります。犯人役を演じた後に犯人でない役で再登場しますが、どちらの回でも明智に食ってかかる役回りがありました。完全なる余談ですが、夏純子と荻島真一はどちらも現在の東京都あきる野市の出身で、つまりは同郷です。

夏目菊太郎の長男・太郎は緑色に執着しており、壁からカーテンから緑ばかりの太郎の部屋を見た明智と波越はロケットを落としていったのは太郎ではないかと疑います。その頃、「東京ホテル浦島」では夏目太郎らしき、頬に傷がある男の姿をホテルマンが見咎めて、善良な市民の義務として警察に通報。警察を待つべきなのに、単独で夏目太郎らしき男が宿泊する509号室に踏み込んでしまったホテルマンは、トランクに閉じ込められていた芳枝を発見しますが、シャワーを浴びていた男に背後から頭を殴られて気絶。波越警部ら警官隊が到着して踏み込んでみると、ドアにも窓にも鍵がかかっているにもかかわらず、部屋の中には芳枝とホテルマンしかいません。どう考えても自作自演を疑うべきなのですが、芳枝を被害者と信じきっている警察は全く気づきません。捜査を率いるのが天下の無能こと波越なので仕方のないことでしょう。

本作のキモは原作同様、笹本静雄の正体は夏目菊太郎の秘書の山崎で、芳枝と共犯関係にあり、山崎と芳枝が代わる代わる緑ずくめの夏目太郎を演じて捜査の目を誤魔化し、夏目家の財産を奪おうとするところにあります。伊豆熱川の水族館で、夏目太郎を追う文代と山崎は二手にわかれて挟み撃ちにしようとしますが、この時夏目太郎を演じているのは芳枝で則ち山崎とは共犯なのですから、夏目太郎が密室状況から忽然と消え失せることに何ら不思議はありません。同じような手口は第1作「氷柱の美女」で、氷柱アーティストの巨匠・谷山三郎も使っていました。谷山の場合、逃走する犯人が忽然と消え失せた場所に都合よく現れるという辺りが不自然そのものでしたが、どうも美女シリーズの犯人たちは独自のコネクションを持っているのか、旧作の反省を自分の犯行に活かしているかのような場面が多く見られます。名だたる犯罪芸術家が多いので、いつか明智に敗北の味を知らしめるべく共闘しているのかも知れません。

さて、文代と山崎は夏目太郎を挟み撃ちにすべく水族館内を疾走しますが、途中で出会います。挟み撃ち失敗が山崎の計画通りなのは前述のとおりですが、行き止まりになったところの水槽に、太郎が拉致しようとした芳枝が沈められているのを発見。太郎は消え失せるにしても、芳枝はどこかにいないといけないわけですから、登場するのはおかしくないのですが、水槽に沈んでいる芳枝はなぜか全裸で、乳首がポロリしています。しかし、よくよく見ると本物の夏純子なのかヌードダブルなのかがよくわかりません。水中で髪を振り乱して目を瞑っているので、よく似ている別人をその時だけ起用しているようにも見えます。

芳枝・山崎の財産収奪コンビは次いで財産の取り分を増やすべく、菊太郎の娘・知子を洞窟で絞殺します。さらに、笹本静雄のトランク詰めの腐乱死体が東京の倉庫街で見つかりますが、これが実は夏目太郎の死体だったのです。太郎を静雄として葬ると、「寂しすぎるから」と言って芳枝は山崎との結婚を菊太郎に宣言し、菊太郎に認められると嬉々として部屋で山崎とイチャコラし始めます。菊太郎の財産も転がり込んでくると聞いて自制できなくなったのでしょう。ところが、またも緑ずくめの怪人物が現れ、芳枝を拉致していってしまいます。警官隊を動員して山狩りが行われますが、うっかり脚をくじいてしまったらしい波越が、夏目邸で患部に氷を当てていると、またもまたも現れる緑ずくめの怪人物。今度こそと意気込んで波越警部は追い、一度は見失ったものの怪しげな空井戸を見つけて飛び込みます。入るのはいいけど、どうやって出るつもりだったのか。そこで波越が出くわしたのは、2人の緑ずくめの怪人物。お互いにつかみかかる怪人同士に波越は加勢しますが、さすが天下の無能、変装していた明智の方を羽交い絞めにしてしまい、本物は逃走してしまいます。なおも揉み合う明智と波越の前に、これまた都合よく現れる山崎。さらに空井戸から通じる洞窟内で気絶している芳枝を発見します。果たしてこれは何度目の気絶でしょうか。

明智が読んでいた古文書を自分も読んで、洞窟を探りに行ったのだと苦しい嘘をつく山崎ですが、明智は「あなたが来なかったら、私は波越警部に手錠をかけられていましたよ」と言い、それを聞いて呵々大笑する波越。自分が明智を羽交い絞めにしたせいで犯人を取り逃がしたというのに反省の色はまるで見えません。無能もここまでくると害悪ですらあります。おまけに、夏目邸で芳枝がベッドの下から飛び出してきた日本刀で切りつけられてしまいました。ところが明智は突然、大事件が起きたので東京へ帰ると言い出し、無責任さを菊太郎に詰られると菊太郎の部屋で何事か相談をしてから、芳枝と山崎たちを呼んで、文代や波越とともに事件を整理し始めます。その際、波越が模造紙に書いた巨大な表が登場するのですが、「どうして」が「どおして」と書いてあります。なんか可愛い。芳枝と山崎も、東京へ帰るという明智の言葉に驚きますが、菊太郎が自分の遺産を芳枝に相続させるという遺言状を東京の弁護士に届けるのだから、あなた方の役にも立つのだと明智は言います。これは、心細いのだと言ってしなだれかかってきた芳枝を明智が拒絶したことを、芳枝が「明智先生はお忙しそうだから、最近は山崎さんに頼りきりなんです」と後で皮肉ったことに対する仕返しなのかも知れません。明智先生、意外と根に持つタイプなのでしょうか。そして、菊太郎は熱川で食事をしてくると言って東京へ帰る車に同乗します。

夜、サロンでブランデーをちびりちびりと飲んでいる菊太郎。普段はビールしか飲まないのを不審に思った山崎は声をかけますが、菊太郎がやけに塩対応なので先に寝ると言って下がります。そして、菊太郎の寝室に緑ずくめの怪人物が侵入して、寝ている菊太郎を絞め殺そうとしますが、老人とは思えない怪力の菊太郎に抵抗され、目元を覆う緑色の仮面を剝がされそうになるとピストルで菊太郎の胸を撃ってしまいます。銃声に気づいた芳枝が菊太郎の死体を見つけ、慌てて警察に通報しますが、菊太郎の寝室に戻ってみると蛻の殻。困惑する財産収奪コンビは慌てふためき、警察に訴えるも現地の刑事たちはなぜか半笑いで全く相手にされません。そこへ夏目太郎から「水族館の奥に夏目菊太郎の死体を捨てた」という電話がかかってきて、山崎は「そんな馬鹿な!」と驚きます。夏目太郎は芳枝と山崎が化けているのだから、電話などかけられるはずがありません。それを聞いた刑事たちが「やっぱり犯人が死体を持っていったのか」「水族館ですね!」と唐突にやる気を見せ始め、芳枝と山崎も水族館へ。

大団円は水族館の水槽の前。倒れていた菊太郎が起き上がり、波越警部が本物の夏目菊太郎を連れて現れます。襲われたのは偽者の菊太郎、つまり明智でした。ピストルの弾をすり替え、空砲と血糊で撃たれたフリをするという念の入れよう。正体を明かしたうえで財産収奪コンビを追い詰めていきます。「君、山崎。君が緑衣の鬼、夏目太郎、笹本静雄。この三役を務めた、真犯人だ!」と、明智先生にしては珍しく大声で、指先を突きつけながら山崎を名指し。さらに、山崎の相棒である芳枝が二人一役を務めていたことを明らかにします。前作「死刑台の美女」は宗方博士と復讐者・山本始が事実上の一人二役でしたが、今回は逆バージョンです。追い詰められた山崎は毒を飲んでから、なぜか水槽に飛び込んで死にます。溺死したいのか服毒死したいのか、よくわかりません。さらに芳枝まで毒を飲み、「明智、呪ってやる…」と呪詛の言葉を吐いてから、こちらも水槽に飛び込みます。水槽の中で山崎に抱き着く芳枝。「恐ろしい人だったけど、死に顔は美しいわ。静かで」と文代がつぶやいてエンドロール。

次作「黒水仙の美女」は『暗黒星』を原作としながら、犯人を別の人物に変えるという芸当をやってしまっていますので、第4作で原作踏襲の流れは一旦途絶え、比較的原作に忠実な作品は第7作「宝石の美女」まで待たなければなりません。しかし、探偵と犯人の一人二役という「死刑台の美女」に続いて、被害者たちと犯人の二人一役という趣向を凝らした「白い人魚の美女」は、原作のトリックをしっかり再現してお茶の間の意表を突こうとする制作陣の心意気を感じないでもありません。

本作のみどころ:伊豆の洞窟でコウモリにビビり、少女のような悲鳴を上げる波越警部

江戸川乱歩の美女シリーズ「死刑台の美女」を観る

3作目にして美女シリーズの影の主役と言っても過言ではない、伊吹吾郎が遂に登場します。「死刑台の美女」、「妖精の美女」、「桜の国の美女」で3度にわたり犯人役を演じた伊吹吾郎、本作では犯罪研究家の宗方隆一郎に扮します。冒頭、明智小五郎は宗方邸を訪れ、妻の入院を理由に香港で開催される世界犯罪学会への代理出席を宗方博士から依頼されて快諾。前回、50年を費やした大事業の邪魔をされないよう明智拉致監禁しながら、その詰めの甘さが災いしてまんまと脱走され、完膚なきまでに邪魔されてしまった奥村源造の失敗談を宗方博士は知り、「北風と太陽」よろしく明智をうまいこと厄介払いする方法を編み出したのでしょう。さすがは学者、失敗は成功の母を実践していると言えます。まぁ、宗方博士も失敗しますが。

美女シリーズではお馴染みの悪趣味なコレクションの数々も本作にてお披露目。宗方が自分専用の研究室に展示していたコレクションはこの事件の後、推理小説の大家ということになっている大河原義明が購入し、「エマニエルの美女」で大河原がそのコレクションの中のギロチンで首を刎ねられた後は、「天使と悪魔の美女」の青木愛之助の手に渡ったのかも知れませんね。大河原義明の首を刎ねたギロチンなんて、超レア物でさぞかし高価だったことでしょうし、青木愛之助のような金に糸目をつけない資産家だからこそ手に入れられたとしか考えられません。ちなみに青木愛之助も「天使と悪魔の美女」で殺されてしまったので、行き場を失ったコレクションの数々は明治大学博物館に寄贈されました。嘘です。

そして、「死刑台の美女」でいよいよ美女シリーズ名物、裸要員の女優もやってきました。記念すべき?初回は、復讐の毒牙が迫る川手庄太郎の三女・雪子役の結城マミ、次女・ハル子役の三崎奈美と裸連発です。前作の夏樹陽子のヌードダブルでは不満に思う視聴者がやはり多かったのでしょうか。殺された挙句、雪子はマネキンを積んだトラックから落とされ、ハル子はすっぽんぽんで死体を公衆の面前に展示されてしまいます。可哀想に。しかし、それはそれで制作陣も物足りなかったのか、諦めずヌードダブルにも川手家の長女・民子役のかたせ梨乃で再挑戦。後に山村美紗原作の「名探偵キャサリン」シリーズで、通称キャサリンの希麻倫子(きあさ・りんこ)というどう考えても無理のあるドラマ化をやらされる羽目になったかたせ梨乃ですが、「死刑台の美女」では復讐に巻き込まれて監禁され、体の真上を振り子が揺れ続け、振り子でキャミソールを切り裂かれるという謎の羞恥プレイの刑に処されます。どことなく、むっつりスケベですよと言われたら納得してしまいそうな顔つきの伊吹吾郎、かたせ梨乃を羞恥プレイでいたぶったのは復讐というよりただの趣味なんじゃないかと思えてなりません。

そんな川手家は「一家皆殺し」を予告するイタズラ電話に悩まされ、波越警部に連れられて民子が明智の事務所にやってきますが、世界犯罪学会出席を理由に依頼を断り、あろうことか宗方博士を紹介する明智。訪ねてきた民子と波越警部を前に「僕は犯罪者側の心理から犯人を追求していく。僕の方が適任です」と自信満々の宗方ですが、内心では飛んで火にいる夏の虫といった心境でしょう。堂々と川手家に入り込み、大手を振って復讐に精を出せます。明智が香港へ経つと、早速川手家の長女・雪子が泳ぎの練習中のプールへ行き、警察を名乗る偽電話で誘い出しますが、刑事と称して現れたのは帽子・サングラス・マスクの大男。こんな刑事がいるか!警察手帳くらい見せてもらわなければいけません。雪子はまんまと殺され、マネキン工場のトラックの荷台から落ちて死体となって発見されますが、発見時に警官がちゃっかり雪子の胸を揉んでいます。死体に対するセクハラです。

原作『悪魔の紋章』同様、「死刑台の美女」にもいわゆる三重渦状紋という不気味な指紋が登場します。ポプラ社版のジュブナイルでは『呪いの指紋』というよりズバリなタイトルになっていましたが、眠れない夜に天井の木目を見ていたら顔に見えてきたような、そんな不気味さを持つのが三重渦状紋です。さすがは犯罪研究の大家・宗方隆一郎博士、どういう道具立てが復讐の効果を高めるか、憎らしいほど熟知していますね。原作では、中盤まで宗像隆一郎博士(原作は「宗方」ではなく「宗像」)が姿なき復讐者にひたすら出し抜かれ続け、そこへ明智が登場しますが、さすがに「美女シリーズ」ともなれば全く明智が出てこないのは不自然そのものなので、香港行きというもっともらしい口実をつけたのでしょう。そういうところの整合性はとれるのに、あちこち無理筋なのが美女シリーズの玉に瑕であり、かつ魅力でもあります。

さて、美女シリーズお馴染みの美女役は宗方の妻・京子役の松原智恵子。実は本名、山本始の宗方博士の妹・早智子がその正体で、冒頭で明智の前に車椅子で現れて脚が悪い、今度入院したら二度と退院できないかも知れない、よよよ…とクヨクヨしてみせますが、これも真っ赤なお芝居だったわけです。「実は兄妹」パターンは後年、「禁断の実の美女」でも使われますが、そういえばあの回も復讐譚です。おっと、ネタ切れゆえの使い回しなどと言ってはいけません。原作では宗像博士の妻は一度も姿を現しませんが、この辺りから少しずつ大胆な原作の改変が入ってきたなという印象です。北園竜子も、川手庄太郎の財産を狙う腹違いの妹で華道の師匠という設定で序盤から堂々と登場しますが、やはり視聴者に疑いを向けさせるわかりやすいスケープゴートが必要ということでしょうか。ちなみに宗方博士は須藤と名乗って北園竜子ともいい仲になっているようですが、ここまでくるとまるで大江春泥のような男です。

原作同様、宗方の手引きで川手庄太郎は隠れ家へと逃亡しますが、「死刑台の美女」では民子も同行し、途中まで車の運転を明智が担います。「つけてくる車もないようだ」とわざとらしく言う宗方が白々しい。そもそも隠れ家の場所を知るのは宗方だけなのだから、尾行の必要など最初からないわけです。前作「浴室の美女」では西村晃演じる魔術師が無声映画に講談よろしく解説をつける再現VTRスタイルで父親の仇に復讐の意図を丁寧に説明するという趣向が凝らされていましたが、「死刑台の美女」ではそれがさらにパワーアップ。隠れ家となっている宗方博士の知り合いの和尚が住職を務める寺から川手親子をおびき出して墓地まで連れていき、わざわざ用意しておいた川手親子の墓標を見せたうえで、川手家に復讐するに至る経緯を芝居「ある惨劇」として見せてくれます。このためにわざわざ役者まで用意するとは、しかも若き日の宗方博士役の子役まで(ちなみにこの子役の方は、後にNHKのアナウンサーになられたそうです)。これも一種のロールプレイというヤツでしょうか。復讐に燃える宗方がこの芝居のシナリオを書き、監督よろしく丸めた台本を持って「よーい、アクション!」、「このシーンはもっと感情を込めて!」などと熱血演技指導をする姿を想像すると、どうにも陰惨な復讐劇がコントに見えてきてしまいます。あまり舞台裏の詮索を逞しくしてはいけません。ちなみに復讐のために30年の年月を費やしたのだそうですが、前作の畢生50年の復讐劇もいまひとつ詰めが甘かったので、時間をかければよいというものでもなさそうです。

川手庄太郎を生きたまま棺桶に閉じ込め、川手民子を監禁した宗方はいよいよ仕上げにかかります。三重渦状紋を持つ指を自ら切断した北園竜子を始末し、復讐者・山本始の偽者を自殺に見せかけて転落死させます。宗方博士は民子が見つかっていないのに「事件は終わった」と早々に結論づけるばかりか、頃合いを見計らったかのように「墓地の納骨堂に川手庄太郎の死体があるんじゃないか」とわざとらしく推理して見せ、明智や波越警部らとともに例の隠れ家の寺へ駆け付けます。和尚に納骨堂を開けさせ、棺桶を見て「やはりありましたね」とニンマリ。少しくらい、依頼主を守れなかったことを後悔するお芝居をしてはどうなのでしょうか。ところが、棺桶を開けてみると中身は空っぽでさすがの宗方博士も驚きを隠せません。棺桶から脱出した川手庄太郎が白髪鬼となって、今度は向こうが復讐者となってやってくる可能性すらありますが、幸か不幸か川手氏は棺桶に入れられる前から白髪です。空っぽの棺桶を前に「僕の勝ちのようだね」と笑う明智、どうしてこうも勝ち負けを決めたがるのでしょうか。そしてお決まりの、「川手庄太郎氏が発見され、病院に入院中。明日には意識が戻る」という偽情報で病院へおびき寄せられる宗方博士。川手氏を棺桶に閉じ込める際に素顔をさらしてしまったので、何としても口を封じるしかありません。のこのこと病院にやってきて川手マネキンをメッタ刺しにして、逃げていく宗方の車のトランクには文代が潜んでいたのですが、なぜか文代が隠れていることには早々と気づき、首を絞められてしまいます。復讐者の正体が宗方だと見当がついているにもかかわらず、文代を危険にさらす明智。いつもながらお前は鬼か!

最後の見せ場は、処刑室のギロチン振り子で殺されそうになる民子。文代は十字架に縛り付けられ、手足を引きちぎられそうになります。いよいよ文代と民子が危機に瀕したところで、宗方邸を訪ねてくる波越警部。病院で川手庄太郎を殺害した男を追ってきたが、宗方邸の周辺で見失ったという波越に「それは残念でしたね」とけんもほろろの宗方博士。一刻も早く処刑室に戻って処刑を再開したいのでしょうが、一応川手庄太郎は依頼主だったのだから「僕も捜索に協力しましょうか」くらいは言った方がよいのではないでしょうか。波越は無駄話をして帰っていきますが、波越をさっさと追い払った宗方夫婦が処刑室に戻ってきて再び拷問具のスイッチを入れると、すぽんと抜ける文代の手足。民子の体も振り子でスパッと切れ、「30年間構想を練り続けた復讐の美学が遂に完成した」と呵々大笑する宗方。宗方の哄笑に、死んだはずの山本始こと須藤の「ハハハハ、アッハッハッハッ…」という声が重なります。狼狽する宗方夫婦の前に須藤が現れますが、須藤は宗方の変装なのですから現れるはずがない。そして、明智が正体を現しますが、例のBGMもなければ、今回は糊が残りやすいフルフェイスのマスクもつけておらず、付け髭に帽子、サングラスの簡易な変装です。初期ですから、制作陣も試行錯誤の連続だったのでしょう。

正体を明かし、復讐計画の成功を確信して滔々と喋る宗方博士。転落死した偽の山本始は浮浪者だそうですが、後に東野圭吾容疑者Xの献身』でこの手法が問題視されるとは知る由もありません。犯罪という美学を前にしては浮浪者の命など取るに足らないものだと宗方博士はお考えなのかも知れませんが、波越警部があのタイミングで無駄話をするためにやってきた理由を考えもしないのは、奥村源造ほどではありませんがいささか詰めが甘いと言わざるを得ません。次女と三女、そして山本兄妹の両親を殺害した川手庄兵衛の血を引く北園竜子の殺害にこそ成功したものの、人形とすり替える明智お得意のトリックにまんまと騙されて大本命の川手庄太郎は仕留め損ねたばかりか、長女まで生き残ってしまいました。川手庄兵衛の子孫根絶やし勝負は三勝二敗とはいえ、勝率はいまひとつです。追い詰められた宗方博士は自邸を爆破するスイッチを入れようとし、その前に「君が死ぬのを見たい」と明智銃口を突きつけますが、銃声とともにくずおれるのは明智ではなく宗方。宗方の妻・京子こと、妹の早智子の手にピストルが握られていました。嗚呼、ここでも奥村源造と同じく身内に裏切られてしまうとは。犯罪に走るならば、まず身内の理解をしっかり得ておかなければなりません。曲がりなりにも前作の奥村綾子は「父に罪を重ねさせたくない」という動機から父の邪魔をしていましたが、山本早智子は明智への恋心ゆえに宗方博士による明智の殺害を邪魔したようです。何て罪深い名探偵なのでしょう。最後は早智子も自らをピストルで撃ち、兄とともに自殺します。氷柱アーティスト、魔術師の娘ときて、今度は犯罪者兄妹。明智は裁判を省略して被疑者死亡による書類送検で簡単に済ませたいと考える司法のお偉いさんから賄賂でも受け取っているとしか思えなくなってきます。

細かいところで少しずつ原作からの逸脱という言わば独り立ちを始めつつも、明智による変装がおとなしめだったり、裸要員の女優も起用しつつヌードダブルも併用していたり、土台が築かれたようでいて試行錯誤の時期だった初期美女シリーズの「死刑台の美女」。当の美女は死刑台送りを拒否して自ら命を絶つという矛盾を孕んだ表題ですが、何はともあれ氷柱、浴室、死刑台の3作によって美女シリーズの方向性は固まったと言える、そんな記念碑的な作です。

本作のみどころ:波越警部の尻で潰されそうになる北園竜子家の黒猫ミーコちゃん

江戸川乱歩の美女シリーズ「浴室の美女」を観る

浴室ですってよ、浴室!どう考えても女の裸が何の必然性もなく出てきそう。

本作からこのシリーズに欠かせない、荒井注が演じる波越警部が登場します。波越は名探偵コナンの目暮警部を遙かにしのぐ超絶的な無能ですが、自己評価だけは異様に高く、自分と明智小五郎は名コンビであると自称して憚りません。いかりや長介に力いっぱいどつかれてほしいところですが、この時すでにザ・ドリフターズは脱退済みでした。

本作のメインゲストは玉村妙子役の夏樹陽子。彼女は「エマニエルの美女」でも再登場します。「〜の美女」を2回演じたのは夏樹陽子、金沢碧、岡田奈々錚々たる面子です。第2作目の29分で、いよいよ美女シリーズの定番中の定番、入浴中のトップレスが初お目見えです。その少し前にパンツを脱いでお尻も丸見えですが、全くと言っていいほど顔は映りません。天下の夏樹陽子が脱ぐわけもなく、乳首とお尻はいわゆるヌードダブル。突っ込むのは野暮というものですが、やはりヌードダブルでは無理があるよねということで裸要員の女優を起用するようになったのかも。

「浴室の美女」の原作は『魔術師』ですが、明智探偵の助手にして後の妻・文代はそもそもこの作品で魔術師・奥村源造の娘として登場し、明智に協力したことをきっかけに助手となります。五十嵐めぐみ演じる文代にはそんな暗い過去はない代わりに、明智先生と結ばれることもありませんでした。その奥村源造を演じたのは二代目の水戸黄門で有名な西村晃。黄門様のイメージですが、実は悪役も多かったそうですね。ちなみに西村晃は滝俊介主演の「江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎」でも「白髪鬼」で登場します。「宝石の美女」の田村高廣西郷輝彦主演の2作目「みだらな喪服の美女」(なんちゅうタイトルだ)の寺田農、そして西村晃大牟田敏清のポジションを演じた俳優の重厚さが目立ちますね。藤井隆主演の「乱歩R」では柳葉敏郎が演じていました。意外と「乱歩R」も原作にわりあい忠実だったりしますが、それはまた別のお話。

静養中の明智は玉村妙子と出会い、すっかり親しくなったようです。「2、3日前に会ったとは思えませんわ」と湖に浮かぶボートの上で明智に語る妙子。いつもながら女性に親しみを向けられてまんざらでもなさそうです。そんな妙子と明智が滞在先のホテルに戻ると、東京にいる妙子の叔父・福田得二郎から電話が。毎日、一つずつ減っていく数字が何らかの形で送られてくると言うのですが、福田は早くも自分が殺されるのではないかと脅えながら妙子に訴えます。妙な数字が毎日届いただけで殺人の予告を連想するとは福田氏、そんなに人から恨みを買いそうなことばかりしてきたのでしょうか。悪い意味で察しがよすぎます。東京に帰る妙子は明智に握手を求め、「先生。近いうちにまたお目にかかれる気がしますわ」「是非それも当たってほしいですね」。妙子に霊感があるというエピソードを受けての明智のセリフですが、これでは福田が殺されることを期待しているとしか思えません。お前ら鬼か!

東京では福田が警察を呼び、波越警部が福田邸にやってきますが、当の福田と甥の一郎(志垣太郎)、姪の妙子を前に「あと一日って意味かなぁ」「事件が起きないと警察は動けない」「誰かに恨まれる覚えでもあるんすかぁ?」とのっけからやる気ゼロの無能ぶりをさらけ出し、明智に警備を頼んではどうかと押し付けます。文代から連絡を受けた明智は「命の洗濯中だから」と断りますが、電話を代わった波越警部が玉村妙子の名前を出すやいなや、顔つきが変わります。なんて現金な。

上野駅まで帰ってきた明智は福田家の使いを名乗る男に出迎えられて車に乗せられ、薬を嗅がされてしまいます。いきなり危うし、明智。そして、福田家では菊の花が散りばめられた得二郎の首なし死体が見つかり、得二郎が持っていた5億円のダイヤモンドが消え失せます。ドラマが始まってからわずか10分ほどですが、やたらテンポがいい。やはり初期の作品ほど完成度が高めという法則は美女シリーズにも大いに当てはまるようです。

さて、原作でも「浴室の美女」でも登場するのが「獄門舟」。木の板に生首をのせ、「獄門舟」と書かれた木札が立ててあるのですが、なかなかにおどろおどろしい。福田家から帰る途中、パトカーで川のほとりを通りかかった波越警部が獄門舟の発見に遭遇し、「俺ァこういうの苦手なんだよ。うっぷ」。駆け付けた兄の玉村善太郎はまだしも、妙子にまで首実検をさせるデリカシーのなさも相俟って、これが初登場とは思えないほど美女シリーズの波越警部らしさがすでに出来上がっています。

一方、船の上の部屋で、監禁された状態で目覚める明智。チャイナ服を着てやってきた奥村源造の娘・綾子がスープ?を持ってくると矢継ぎ早に質問を浴びせ、「まさか毒が入っているんじゃないでしょうね」と軽口を叩く。余裕です。足が痛いと訴えて鎖を外させようとするのも原作通りですが、お次はいよいよ有名なシーン。明智は視聴者のために「おかしいな。誰かが見張っているな」とかなり大きめの独り言をつぶやいてから、仮面のフリをしている西村晃に気づきます。親玉が自分でこの役目をやっているのもどうなのでしょうか。復讐が終わるまでおとなしくしていてくれと頼む魔術師に、必ず脱出すると宣言する明智。怒った魔術師は部屋に入ってきて、仮面のメイクを白い布で拭き取ってから「俺がどんなに恐ろしい男か見せてやる」と言って白い布を蛇に変えてしまうのです…!って、ただの手品やん。

それにしても、復讐は50年がかりの大事業なのだと言いながら娘にあっさり裏切られる魔術師・奥村源造の脇の甘さが際立ちます。政治家を夢見るあまり、身内すら説得できていないのに無理矢理出馬して惨敗する人を見かけますが、畢生50年の大事業に命を懸ける魔術師もそんな感じです。娘の裏切りで明智は脱出に成功しますが、海に飛び込んだところを魔術師の一派に銃撃され、波越警部が「明智小五郎氏、水死体で発見」と泣きながら発表。死んだと見せかけて油断させるという、美女シリーズでは毎回のように出てくるパターンも実は2作目ですでに登場していたのです。おっと、後発の作品は初期の焼き直しばかりだなどと言ってはいけません。文代は事務所を訪ねてきた妙子に「先生の敵を討つ。調査させてほしい」と泣きながら訴えますが、明智の死を本気で信じていたのはこの時くらいではないでしょうか。もちろん毎回「先生!生きていたのね!」と感激して見せますが、内心「オッサンまたかよ…」と思っていたかも知れません。ちなみにこの時、文代には生存を隠していましたが、波越警部には打ち明けていたそうです。どう考えても波越より文代の方が口が堅そうで信用できるのに。

その玉村邸から塀を乗り越えて逃げていく奥村源造。明智を監禁した部屋で仮面のフリをしたり、素顔をさらして玉村邸に忍び込んだりと犯罪集団の首領にしてはフットワークが軽めですが、玉村邸から逃げるところを文代に見られて尾行されます。その奥村、普段は「オクムラ魔術団」を主宰しているようで、♪チャーチャチャチャチャチャチャチャーチャーチャーチャー、というBGMとともにマジックショーを開演。このBGMも美女シリーズで幾度となく使われているものです。文代とともにマジックショーに波越警部ら警官隊も駆け付けますが、察知した奥村源造は消失マジックにかこつけて逃走。そこへ現れたのは、玉村邸に新顔の使用人に変装して潜り込んでいた我らが明智。あのBGMこそないものの、前作「氷柱の美女」の岡田仮面よりは本格的な変装を解いて、姿を現します。

牛原を名乗って玉村一家を屋敷へ呼び、地下室でフィルムを映写する魔術師。無声映画にあわせて講談のサービスつきです。復讐のためにわざわざ再現VTRをつくるなんて、さすがは50年を費やした大事業です。テレビ朝日で後援してあげてはいかがでしょうか。再現VTRというのはやはりわかりやすいのか、美女シリーズでも「化粧台の美女」で山本學演じる黒柳肇博士の解説つきVTRが流されます。原作の『蜘蛛男』は復讐のフの字もありませんが。ちなみに次作「死刑台の美女」では再現VTRを通り越して、役者を使ってお芝居で再現してくれます。玉村善太郎と一郎は地下室に閉じ込められて、焼き殺されかけますが、すんでのところで明智が救出。50年の大事業はあっさり失敗に終わってしまいました。復讐するならば敵の死をちゃんと見届けないといけないのに、火を放ってさっさと逃げてしまったばかりか、隠れ家である船の名前「竜星丸」を白墨で書いた煉瓦を現場に残されるわ、ピストルの弾をすべて抜かれるわ、娘の再三の裏切りも見過ごしてしまった奥村源造、ここでも脇の甘さをしっかり発揮してくれています。こんなんでよく50年も執念を持ち続けられたものです。

さて、本作のキモは原作同様、実は玉村妙子こそが奥村源造の実の娘だったというところにあります。復讐の成功を祝って、船で祝杯をあげる魔術師たちですが、なぜか明智を監禁していた部屋で酒盛りをしています。他に部屋ないんか?そこへ明智と波越警部たちが踏み込んできて、追い詰められた奥村は毒を飲んで自殺し、玉村家には平和が戻ったかのように見えますが…玉村善太郎が殺されてしまいます。なんということでしょう。そして、血液型ABの玉村善太郎とAの玉村妻からO型の妙子が生まれていたというあり得ない事実を文代は電話で明智に告げました。50年の大事業のためにわざわざ明智を誘拐して監禁までする用意周到さに比して、妙子の出生の秘密を隠す努力をまるでしていない奥村源造、どこまでも脇の甘さがついて回る運命だったのでしょうか。本当は50日くらいで練ったインスタントな復讐計画だったのではないかと疑いたくなります。

数字の予告殺人に獄門舟、明智の死んだフリと明智の死後現れる新顔の使用人、大時計の針ギロチンなど、これぞ乱歩という道具立てが揃った「浴室の美女」。原作では妙子が少年を手懐けて殺しの実行犯をやらせるというアンファン・テリブルがなかなかのインパクトで、それはさすがにカットされているものの、流石は2作目、美女シリーズの中でも屈指の原作への忠実さで、この頃は原作への敬意さえ感じます。そして最後はお決まり、観念しての玉村妙子自殺。「浴室の美女」、まさに美女シリーズの土台と言えましょう。それにしても、明智も玉村妙子の死に学んで犯人の自殺を食い止める術を会得してほしかったものです。

本作のみどころ:ベテランの名優のはずなのにやたら棒演技な玉村善太郎

江戸川乱歩の美女シリーズ「氷柱の美女」を観る

今日から唐突に、ブログを書いていきます。まずは、テレビ朝日の伝説的?シリーズ「江戸川乱歩の美女シリーズ」全25作を1作ずつ、レビューしていこうと思います。明智小五郎役の天知茂の急逝が悔やまれてなりませんが、一方で末期の作品は「これはちょっと…」と思うところもあり、なかなかこのシリーズの細かなレビューを見かけないので、まとめとしてつらつら書いていきます。

「氷柱の美女」は、美女シリーズの記念すべき第一作。天知茂演じる名探偵・明智小五郎の脇を固めるのはシリーズお馴染みの文代役の五十嵐めぐみと、第一作のみ出演した大和田獏(小林芳雄)、稲垣昭三(恒川警部補)。美女シリーズはやけにオーバーアクションの役者が多数出てくる特徴?がありますが、この稲垣昭三もなかなか、やたら大声を張り上げる傾向があります。そのわりには印象が薄いので、第2作から波越警部を登場させ、荒井注を起用したのは英断と言えましょう。

メインゲストは三ツ矢歌子(柳倭文子)。原作の『吸血鬼』では本当の姓は畑柳ですが、そういった細かな設定は省略されています。2時間ドラマなので仕方ない。「~の美女」は大体ラストで悲劇的な最期を遂げるのがこのシリーズのお約束ですが、第1作では流石に定型ができておらず、倭文子は無事に生き残り、犯人でもありません。

犯人役は松橋登(三谷こと谷山三郎。以下、正体を明かすまでは三谷とします)。デザイナーと自称していますが、なぜか製氷工場で花入りの氷柱をつくっています。この時点でだいぶ怪しい。美女シリーズは同じ役者が複数回、違う役柄で登場するのも特徴の一つですが、松橋登も「大時計の美女」で、ヤミ医者の股野礼三として再登場します。

個性的な脇役にも言及しておきましょう。冒頭で倭文子をめぐり、三谷と毒入りの酒で決闘する画家の岡田。「麿」としてカルト的な人気を誇る菅貫太郎が演じています。時代劇のイメージが強い菅貫太郎ですが、こんなところにも登場していたんですね。ちなみに登場して間もなく、三谷に硫酸を浴びせるつもりが自分がそれを浴びてしまって顔が焼け爛れるので、麿の素顔はちょっとしか拝めません。そういえば天知茂菅貫太郎以外にも美女シリーズには若くして亡くなられた役者が多数出演しています。25作もあるので、そういう役者が一定数いてもおかしくはないかも知れませんが。

さて、「氷柱の美女」のストーリーですが、実質1時間ちょっとの尺に収めるためのデフォルメはされているものの、原作ということになっている江戸川乱歩の小説が影も形もない後の作品に比べれば、比較的原作に忠実な内容です。第1作くらいはちゃんと原作に沿って…という矜持のようなものがあったのかも知れません。もちろん乱歩の原作自体ツッコミどころが多いので、原作に沿ったとしても色々アレな部分は出てきてしまうのですが。

執事の斎藤の殺害方法にしても、天井板を外してそこからナイフを投げ、宙を飛ぶナイフが倭文子と言い争っている斎藤に突き刺さるという荒業のトリック?です。三谷はナイフ投げの名手か何かか?そういえば、天知茂は壁の前に立たされて、若山富三郎に手裏剣を投げられても瞬き一つしなかったので若山を感心させたというエピソードがWikipediaに書いてありましたが、まさかこれをヒントにしたわけでもあるまい。

三谷が倭文子とその息子の茂を逃がすという名目で斎藤の棺に隠れさせるのも、冷静に考えれば変です。変すぎます。火葬場でこっそり脱出させる計画だったのでしょうか。こっそりどころか、かなり目立っちゃいます。せめて土葬ならまだしも。そうそう、土葬されてから蘇るパターンも美女シリーズで2回出てきますね。1回は偽装ですが。

中盤、明智がいきなり倭文子に求婚し、恋敵となって三谷をブン殴ります。どうした、明智先生。女に惚れやすいのは最初からだったのかと思いきや、実はこれ、三谷を殴って歯医者に行かせて歯型を入手する策略だったのでした。拉致された倭文子と茂の苦しむ姿を眺めて愉悦に浸る三谷は、余程じっくり楽しむつもりだったのでしょう、眺めながらおやつにチーズを齧ってしまい、ご丁寧に歯型が残るチーズを現場に残していたのです。ちゃんとゴミを捨てればよかったのに何やってんの、三谷のバカ!そして、明智に殴られておとなしく歯医者へ行く凶悪犯・三谷。歯型を手に入れるのに忙しかったのか、三谷のアパートには文代が代理で謝りに行きます。うっかり文代がボロを出して、三谷の正体に気づいてしまったらどうするんでしょうか。明智先生、助手を見殺しにしないでください。

クライマックスで再び拉致した倭文子と茂を前に自らの正体を明かし、硫酸を浴びた岡田の顔を模した仮面(以下、岡田仮面と呼びます)を外して自分の素顔を見せた谷山は、倭文子と茂を製氷工場の氷柱製造機?に閉じ込めて氷漬けにしようとしますが、いざスイッチを入れるとなった直前、ファンファンと聞こえてくるパトカーのサイレン。不安そうにその場を離れて、わざわざ工場の外まで見に行く谷山。俺の犯罪は芸術なんだ的な大言壮語を吹きまくっていかにも大犯罪者のごとく振る舞うわりに意外とビビリなのか?歯型つきのチーズを残していく辺りもなんか迂闊だし。外へ出てきょろきょろしている間に、製氷工場の中では稀代の氷柱アーティスト・谷山三郎巨匠の一世一代の犯罪芸術を台無しにブチ壊す明智の策略が進行しているのでした…

クライマックスは谷山の前に現れる岡田。もちろん正体は明智です。しかし、実は第1作の時点では、変装を解く時のあのお馴染みのBGM、♪チャラララララ、チャラララララ、チャラララ、チャラララ、チャチャチャーン、チャチャチャーン、チャンチャーン!ドルルンドルルンドルルンドルルン、パァーーーン!(伝わりますでしょうか…)は流れないのです。おまけに、変装も顔の一部を岡田仮面が覆っているだけで、後の作品のような糊が残りがちなフルフェイスのマスク&カツラセットではありません。でも、第1作のこのシーンが好評だったので、クライマックスの変装を解く流れがお約束になったそうですから、その意味は大きいですね。

しかし、明智と警官隊に追い詰められてもなお、犯罪芸術の成功を確信して疑わない氷柱アーティストの巨匠・谷山。そんな谷山に明智は残酷な真実を告げます。谷山が「見せてやる!」と言って出してきた倭文子・茂親子入りの氷柱を前にして明智は言うのです、「お前が見ているそれ、人形だよ」。嗚呼、何という陰険な探偵なのでしょう。原作でも美女シリーズでも、ピストルの弾は抜けるのに自殺用の毒には気づかない、変なところが抜けていることに定評のある明智ですが、氷柱アーティストの巨匠の一世一代の傑作を破壊することにはちゃんと成功しました。ちょっと東山紀之に似ている若き日の松橋登が端正な容貌を歪めて悔しがります。うんうん、一世一代の傑作を台無しにされて悔しいよね、だって犯罪芸術家だもん。ちなみに谷山の動機は兄を捨てた倭文子への復讐なのですが、毒入りワインの決闘を挑んでおいて自分の敗北が確実になるやいなや敵前逃亡するというセコさを発揮しただけで復讐とは無関係な岡田や、未亡人になって間もないのに三谷といちゃいちゃしている倭文子を叱ったこれまた復讐とは無関係な斎藤は完全なる無駄死にです。

結局倭文子は生き残ってしまいました。そして、観念した谷山は自ら首を掻き切って死ぬのですが、首を掻き切った時点では谷山は氷柱の中にいるのが本物の倭文子と茂だと信じていました。死にゆく谷山の目に飛び込んできたのは恐る恐る部屋に入ってくる倭文子の姿。明智、ひどすぎるぞ。お前は鬼か!悪魔か!巨匠にはせめて復讐の成功を確信したまま死なせてやれよ。余分な人を殺害しただけで復讐の本筋には何も成功していないんだけど。…おっと、少し筆が滑ったようです。

そして、美女シリーズお約束のヌードも第1作では出てきません。必然性があることの方が少ないので、無意味な入浴シーンも挿入されなかった結果、ドラマとしては結構いい出来になっています。小説家は最初の作品が最高傑作なのだと言われるそうですが、テレビドラマのシリーズにも同じことが言えるかも知れませんね。というわけで、全25作すべてのレビューを書くことをめざして頑張ります。25作すべて書き終えたら、次は美女シリーズ以上の問題作、滝俊介主演の「江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎」の全話レビューをしていくつもりです。乞うご期待。

『吸血鬼』は後に西郷輝彦主演の1作目でも再びドラマ化されますが、柳倭文子役の美保純がすべての黒幕で三谷が途中で始末されるなど、こちらは原作の面影がほとんどありません。倭文子と明智が別々の棺に閉じ込められて焼き殺されそうになったり、明智が倭文子の策略で氷柱に閉じ込められそうになったりするなど、訳のわからなさは「氷柱の美女」を遙かにしのぎますので、ご興味のある方はDVD等でご覧ください。文代がなぜか弁護士になっていたり、松金よね子演じる助手というより世話焼きの家政婦のようなオリジナルキャラクターが登場したり、原作の改変もここまでいくと罪でしかありません。

本作のみどころ:硫酸丸かぶりで片方の眼球が飛び出す岡田仮面

江戸川乱歩の思い出

これから、江戸川乱歩の作品を全部読んで、作品ごとに感想をこのブログで書いていきますが、初回は感想や書評の類いではなく、乱歩の思い出をつらつらと書いておきたいと思います。

そもそも、立教大学社会学部の出身である小生の父の指導教官が、江戸川乱歩こと平井太郎氏のご子息であり、立教大の総長も務められた平井隆太郎氏である、という縁もあるのですが、実際に乱歩作品を初めて読んだのは、父に勧められたというわけではなく、学校の図書室に所蔵のポプラ社版を手に取ったことが始まりでした。確か、最初は『鉄人Q』だったと思います。まだ、リニューアルされる前の版で、お読みになった方は分かると思いますが、独特の挿絵です。クラスメイトから「表紙の絵が変な本がある」と言われて手に取ったのが、『鉄人Q』でした。そのまま、少年探偵団シリーズを読んでいくわけですが、当時のポプラ社版には、乱歩が大人向けに書いた作品を、氷川瓏・武田武彦がリライトした、言わば「偽ジュブナイル」というべき作品群も含まれていました。青銅の魔人やら夜光怪人やら、奇妙奇天烈な怪盗が東京中を席捲していても「どうせこの正体も二十面相なんでしょ」とやや辟易し始めていた頃、いきなり『蜘蛛男』を読んで、ぶったまげたのを覚えています。「蜘蛛男の正体って二十面相じゃないの?血が嫌いなはずなのに何でいきなり女性を殺すの?」と驚きましたが、後になって、このシリーズは途中から、大人向けに書かれた作品を手直ししたものだと知りました(よく読めば、まえがきにちゃんと書いてあるのですが。乱歩自身が手直ししましたよ、という態で)。今、改めて読み返してみると、メインの読者層である少年少女の混乱を避けるためか、小林芳雄と混同しないように『一寸法師』の小林紋三をわざわざ「清水紋三」とするなど、代作者の妙な気配りも感じられるところですが、その反面、『恐怖の魔人王』のように『恐怖王』の欠点が何ら補強されず、ミステリーとしては難点が残ったまま、という珍作?もあります(これはこれで、味があるのですが)。

さて、小学生だった小生はこれ以後、松本清張や西村京太郎を読んだりして、若干乱歩から外れていくのですが、ひょんなことから立教大学文学部に入学し、1年次で、当時立教大学文学部教授だった藤井淑禎氏の「乱歩再発見」という講義を受講しました。藤井先生は2015年に退官され、2021年、勉誠出版から刊行された『江戸川乱歩大事典』の編者として、現在も文学研究に関わっておられますが、「乱歩再発見」での乱歩と谷崎潤一郎との比較や、乱歩作品に描かれた当時の東京の世相や社会的な背景に着目する、いわゆる同時代研究といわれる手法に、非常に関心を持ちました。実は、小生は藤井先生が所属されていた文学科日本文学専修の学生ではなく、1年次の時点では文学部の別の学科の学生だったのですが、関心が高じて、3年次に文学科日本文学専修に転科したほどです。「乱歩再発見」での評価は最上級のSを貰ったのですが、そのことを転科の際の口頭試問(いわゆる面接)で述べたところ、面接官だった加藤睦教授から「藤井先生の授業でSを勝ち取ったというのはなかなかのもの」と褒められたのを今でもよく覚えています。こうして無事に日本文学専修へ転籍し、3年次には卒業論文の前段階とされる「研究小論文」を執筆するうえで、藤井先生にご指導いただき、その時は乱歩作品のうち、翻案である『緑衣の鬼』や『三角館の恐怖』について論じました(惜しくも、SではなくA評価でしたが)。

せっかく立教大が旧乱歩邸を土蔵も含めて管理しているのだから、大学院に進んで研究を続けるという選択肢もないことはなかったのですが、やはり経済的な面から大学院進学は厳しく、小生はしがないサラリーマンとなりました。相変わらず本は読んでいるのですが、ここらでひとつ、自分の読書の記録をつけてみようと思い立ち、自分にとって最も思い出深い江戸川乱歩の作品について、小論をこつこつ書いてみようと考える次第です。我が家には春陽堂文庫の旧版が全冊揃っているため、基本的には春闘堂文庫の刊行順で、感想を書いていきたいと思います。行く行くは、代作の『蠢く触手』や、小生の思い出のシリーズであるポプラ社旧版の「偽ジュブナイル」にも言及していければと考えていますので、気長にお付き合い下さい。